第59話 

文字数 1,657文字

「だったら、誰が仕掛けたんだ? 盗聴器が、一つとは限らんだろ」

 菅野のもっともな質問にも、北条は偉そうな態度のまま答える。

「その通り。盗聴器は他にあるかもしれねえ。電話・ペン立て・電気スタンド・額縁・テレビ・エアコン・照明器具・コンセント・目覚まし時計・保安器・本棚・ラジカセなどなどなどなど、きりがねえ! やろうと思えば、鉄筋コンクリートの柱にも仕込める。それを見つけようとすんならな、中性子照射検査ってえのをやらねえといけねえ。その器具を持ち込めると思うか? 大体、見つかったら、お宅の柱をブッ壊していいのかよ?」

 静寂が部屋に落ちる。
 管野夫妻、技官は言葉もなく俯いている。

「あんた、何でそんなこと知っとんの?」

 レナが不気味そうに北条に訊ねる。

「ん? それは俺がSIT時代に盗聴器を仕掛けようと思ってよ。ハムに紳士的にお願いして、レクチャーしてもらったからだ。実際に仕掛けたし」

 今度は全員がひっくり返った。

 紳士的にお願いして、レクチャー? 
 あんたの偉そうな態度に冷やかな対応をしたハムを、どつき回したんやろ。それから説明させて、部外秘のマニュアルをカツ上げしたんやろ。
 そう突っ込んでやりたいレナだが、管野夫妻がいる。
 死ぬ気で自粛した。

「何でそんなもん、仕掛けたん?」

 レナが当然の質問を発する。
 途端に北条の顔が暗くなる。

「まだ保育園だか小学校低学年だかの女の子さらっては、レイプして殺した野郎がいた。本ボシに違いねえが、尻尾を出しやしねえ。だから盗聴した」

「そんなん、裁判で証拠にならへん。逆に不当捜査で……」

「いいんだよ。寝ぼけた偉いさんを、叩き起こせたらな」

「他に、方法はあらへんかったの?」

「ねえな。てか、全員、アイツが本ボシなのは分かってた。けど、捜査や逮捕を渋ったんだよ」

「何でやねん」

「そいつは、国会議員の息子。しかも、未成年だったからだ」

 もう管野夫妻は話についていけない。
 技官も呆然としている。

 部長から、北条の未成年射殺を聞いていたレナは、察しがついた。
 上杉が、隣室からそっと戻ってきた。

「一つ、俺の質問に答えてへんぞ。盗聴器がなんで仕掛けられとんや? もう一つ、謎ができたわ。何で、クッションの中やと、お前は知っとった?」

(あ? うっとうしいなあ。しっかし、菅野が大阪弁で話すと、完全にインテリヤクザだ、見た目だけ)

 北条は邪険な扱いだが、上杉は菅野の知力を認める。
 一つ目の質問は痛い。
 『マル害宅の情報を知りたい』などとお茶は濁せるが、菅野は納得しないだろう。
 二つ目は、上杉も分からない。

「盗聴器が何で仕掛けられていたか、ねえ。うん、分かんねえ」

 あっさり白状する北条。
 菅野の表情が険しくなる。
 北条を責めようと管野が口を開きかけた時、北条が先に大声を張り上げる。

「クッションはイージーですな、イージー。だって縫った痕が見えたもん」

「お前、何者んや?」

 急に菅野の声が、緊張と恐怖で震える。
 そんな菅野の反応を理解できない一同。

「たった三針程度やった、縫った痕は。その縫い目も短かった。まして、俺が座ってたんや。どうやって見つけた?」

 上杉は、資料にある、菅野の経歴を思い出す。
 東大工学部・修士課程首席卒業。
 さすがに手強い。

「なんだ、んなことか。説明するより、実践した方が早えな。菅野さん、あの戸の奥は何?」

 あまりの北条の軽いノリに、調子を乱される菅野。
 しかし大勢の人間の手前、極力落ち着いた声で答える。

「ダイニングや。それとカウンター式でキッチンがあるけど、それが何や?」

「戸を開けておくんなまし」

 フザけた口調で言い放ち、北条自身は、戸の対面にあぐらをかく。
 何か言いかけた菅野だったが、北条と話しても疲れるだけなので、戸を開ける。

 分かるよ……上杉が菅野に共感・同情する。
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