第2話 ブルマテ飲んで早退したい

文字数 906文字

 春。
 新しい一年の始まり。

 月曜。
 新しい一週間の始まり。

 朝。
 新しい一日の始まり。

 出頭命令。
 新しい地獄の始まり。

 悪夢はまだ続いているらしい。
 
 福井県警捜査一課に登庁した途端、課長の小寺から呼ばれた。

 細身で背が低く、猫背でいつも目をショボショボさせている。
 この男がどうして、捜査一課長の席に座っているのか? 
 田舎で大した事件も起きないとはいえ、仮にも県警の、それも精鋭が集う捜査一課の長の席。
 日本警察七不思議の一つに認定。

 だが耳打ちされた言葉に、不思議課長・小寺の奇怪さなど吹き飛んだ。
 
 監察官室長からの出頭命令。

 監察官は、警察の警察。
 不祥事を起こした警官を、バッサバッサと切り捨てる。

 (俺も一刀両断?)

 血液が鉛と化す。



 両脚を必死で前に出しながら、ブルーマンデーをゲップが出るほど満喫していた。

 殺人・強盗などの凶悪犯罪を扱う強行班にいるのだ。
 『紳士』では務まらない。
 叩けば埃が出るのは皆同じ。

 (何で俺だけ? 担当のタクシー強盗が、解決しそうにねえから?)

 マイナス思考にどっぷり浸かりながら、室長室前に到着。
 
 自分の服装を見下ろす。
 春用の薄いスカジャンの背中では、刺繍された金の竜が怒り狂っている。
 その下には、ネイビーのタンクトップ。
 古着屋に売れば、月給程にはなるヴィンテージ・ジーンズ。
 加えてアディダスのシューズが、両足をしっかりコーディネート。
 致命的なのは、ポケットの財布とベルト穴を結んだ、手錠よりごついシルバーのチェーン。
 首からは、海兵隊をモチーフにしたブッ太いネックレスがぶら下がっている。

 唯一の救いは、ソフトモヒカンに刈り上げた黒髪のみ。
 学生時代は、古代エジプトの秘宝のように黄金色だった。
 だが、警察官二十五万人の中で、髪を染めているのは一部のマル暴だけ。
 気休めにもならない真実。

 (クソッ、堂々と乗り込んでやらあ!)

 心の中で威勢よく啖呵を切る。

 けれど、ネックレス・チェーン・スカジャンは廊下にソッと置いた。
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