第57話 レナ無罪説を天下のウツケ者・北条がやるという愚行

文字数 2,219文字

「部長、それを公言されるのは……」

「『キャノン』が動いて、『帝国』が裏にいるんだ。このクソ田舎のどこに行っても、盗聴されてんだよ」

 武田の言い分にも一理ある。
 しかし上杉が危惧するのは、武田のような武闘派の言動一つで、全面戦争に突入してしまうことだ。

「いいか、上杉。俺は川村がイヌなんて、大馬鹿野郎なことは考えてねえ。だが、これで前線が疑心暗鬼に陥れば、このヤマは崩壊だ。前線は誘拐の命綱……聞いてるのか、上杉?」

 先程から、上杉は心ここにあらずだった。
 リビングでのやり取りに、聴覚を集中していた。

「失礼しました。毒を殺すのは、猛毒のようです」

「どうした? 何があった?」

「部長直々に下命した理由が、分かりかけてきました。我々三人を選抜したのが、部長だったからではありませんか? 川村巡査長の潜在能力は私も気付いていましたが、あそこまでやるとは。問題は、もちろん北条です。デリケートな前線本部に、バリケードが似合う北条。その実に下品な人間が、解決してみせましたよ」

 無線の向こうで、武田がほくそ笑む気配がした。

「上杉、詳しく聞かせろ」



 武田と上杉が深刻な話し合いを行っていた頃。
 猛毒『北条』は、その猛威をふるっていた。
 上杉が消えたあと、管野の険しい目がレナに向けられる。

(そりゃあ、そうだわな。下手したら、こいつが裏切り者で、可愛い我が子を誘拐したかもしんねえんだし)

 当のレナは、さすがに顔色を失っている。
 犯人の強者ぶり。
 何より、自分が置かれている立場が崖っぷち。

「川村さんよ。なんで犯人は……」

 ハイハイ、そこまで。

「技官の大将、『消毒』頼むわ」

 管野のレナへの詰問に、北条が割って入る。

 『消毒』とは、該当空間の罠を発見・除去すること。
 北条がオーダーしておいた機器の一つが、それだった。
 目指すは――。

「菅野さん、美和嬢……美和さん、リビングから、ちょいと出てください」

「何言い出すんや、お前は」

 菅野がクレームをつける。
 黙ってろ、切れ痔の無愛想眼鏡。

「消毒始めるんっすよ。この場合は要するに、盗聴器発見」

「と、盗聴器っ? そんなもんがうちに……」

「あるかどうか分かんねえから、探すんでね。ほら菅野さん、出て出て。美和さんも、お部屋から出ていただいてよろしいですか?」

 エヘエヘ、と鼻の下を伸ばす北条を、額に青筋立てたレナが睨みつける。
 すでに元気の塊に戻っている。
 思わぬ副産物。
 
 菅野がしぶしぶ、美和が困惑ぎみに、隣のダイニングに移動する。
 
 盗撮発見器には、光学式発見器と電波式発見器がある。
 堀と深田が分担して、無線に似た発見器を手に、リビングを消毒しかける。
 北条がソファに座り、偉そうに頬杖をつきながら口を出す。

「向こうのソファ周辺だけでいいよ」

 技官達が怪訝な顔をする。
 それでもソファ周辺で、発見器のスイッチを入れる。
 いきなり甲高い発見音が鳴る。
 技官達が慌てて、ソファ周辺に発見器を這わせる。
 二つの発見器が、一箇所で止まる。
 
 菅野の円座クッション。

「菅野さん、入っていいよ。美和さん、どうぞお入りください!」

 北条が相変わらず偉そうにソファに座りながら、菅野夫妻を呼ぶ。
 菅野夫妻が、おずおずとリビングに戻る。

「川村巡査長の疑いが晴れましたよ~」

 北条が悦に入る。
 美和嬢、お待たせしました。
 メイド・イン・首都東京、シャーロック北条参上。

「説明せいや、説明を」

 菅野の言い分は最もだが、切れ痔仏頂面の存在は、北条にとって面倒以外の何物でもない。

「口で言うより、見た方が早い。百分は一分を叱る」

 百聞は一見にしかず、という指摘よりも、全員が堀の行動を見詰める。

(クソ! 美和嬢の視線を他人に取られた! 手柄立てたの、俺だろ!?)

 堀が、クッションを持ち上げる。
 全員に見えるよう、クッションの位置を調整する。
 しばらく観察していた北条以外の一同が、息を呑んだ。
 ソファに、三針ほど縫った跡がある。

「堀ちゃん、それ破いて、中身取り出してよ」

「ほ、堀ちゃん? しかし、鑑識を……」

「鑑識がどうやって、ここに進入できる? クッションを渡すことはできんだろうけどよ。無駄だって。証拠残すほど、今回のワルどもに隙があると思うか?」

 全員が黙り込む。

「思いっきり破って、盗聴器取り出してくれ。どうせクッションの予備あるんでしょ、菅野さん? 金持ちだから」

 苦虫を噛み潰したような顔の菅野。
 肯定の証だ。
 堀が菅野夫妻に遠慮しながら、クッションの縫い目を破ろうとする。
 だが縫い目が小さ過ぎて、中々破れない。

「堀ちゃん、ゴメンゴメン。そういうの、俺の役だった」

(分かっとるやん。世間体や人の目を気にせえへん、あんたの出番や。しっかりやりや!)

 意地悪半分のレナ。
 
 北条はクッションを受け取るなり、縫い目も何も関係なく、ビリビリと引きちぎる。
 菅野が使っている円座クッションは、長時間どんな姿勢で、どれだけ体重をかけても、破損どころか型崩れしない。
 それを、いとも簡単に引き裂いている。
 リビングにいる全員の脳裏に『超人ハルク』の単語が浮かぶ。

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