第82話 誘拐が自爆とかで、イミフな方向に飛んでいってんだが

文字数 1,264文字

 菅野家の夕食の席。
 重苦しさを通り越し、空虚ですらあった。
 上杉からは、菅野の病院での精密検査に付き添い、終了後に帰宅する旨の連絡があった。

 先に夕食を、となった。
 なぜ北条が帰宅しているのか不思議だった。
 が、皆が問い詰める気分ではない。

 日々の習慣が体を動かすのか、美和は夕食を準備した。
 料理の間中、目の焦点が定まることはなかった。
 食事も一切、口にしていない。
 捜査員達は、機械的に箸を動かした。
 食べられるうちに食べる。
 警官の習性。

 本部からの連絡と北条の説明で、レナと技官達は何が起きたか知っている。
 美和には、レナから結果だけ伝えた。

 結果――身代金授受失敗。

 動機も正体も不明の者が、身代金ごと自爆。
 さつきは今現在、保護されていない。

 自爆犯の正体やその背景は、今後の捜査を待つしかない。
 しかしそれは、美和にとってどうでもいいこと。

 さつきが戻るか否か。
 それが全て。

 上杉に付き添われ、管野が帰宅した。
 精密検査は異常なし。
 だが、放心状態だった。
 その後、急に血走った目をカッと見開き、『さつき! さつき!』と泣き喚き始めた。
 前線に詰める捜査員が総動員で、菅野を何とか落ち着かせた。

 その管野は今、自室で狂ったようにパソコンに向かっている。
 仕事で気が紛れるならと、誰もがソッとしておいた。

 電車処理をサボった北条への、上杉の説教が済む。
 レナは深田と詰めるべき話がある。

 上杉は無線で本部と今後の対応を練る。
 北条は携帯で、本部――刑事部長の武田に『A1』投入を直訴し、認められた。

 『A1」』は、ブ厚い鉄板で覆われた大型車輛だ。
 桜田門のSITが運用している。
 誘拐用と立てこもり専用の車輛だ。
 そのため、積載されている資機材は人質奪還用に銃火器と、豊富なラインナップ。
 『A1』は福井県警には『無い』ことになっている。
 実際は、対原発テロ用に配備されている。
 元SATかつ元SITの北条は、こっそり知っていた。
 


 リビングから遠い誰の耳も無い別室で、上杉は武田と秘匿回線で話していた。

「自爆犯はやはり『キャノン』ですか?」

「特急『サンダーバード』に、お前と同じ『フォート』が乗ってた。自爆犯のメンと言動を短時間だが、観察している。間違いないらしい」

「なぜ身代金ごと自爆を? 金目当ての誘拐ではないにしろ、自爆するには、それなりの必要性があるはずです」

「お前はどう考える」

「陽動。それ以外は考えられません」

「同感だな。身代金を置いたことで、トイレに捜査員全員の目が向く。さらに自爆を加えれば、混乱した現場でやりたい放題だ」

「その理由ですね。何か狙いがある。」

「そうだ。それが今回で果たせたかどうか。自爆犯については、捜査しても、どうせ何も出てこん。それは『余計な応援組』にやらせる。それとな、非常にまずい事態が起きた」

 武田が、上杉に説明を始める。
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