第72話 身代金要求きたんで、戦争おっ始めますわ

文字数 1,268文字

 誘拐二日目の朝は、梅雨の雨から始まった。

 レナが手伝って、美和が朝食を準備し終える。
 捜査員達が交代で朝食を摂る。

「ふぁ~あ。眠てえ。しかも雨かよ。雨、嫌いだ。外で遊べねえし」

 菅野夫妻に、北条の愚痴は聞こえていない。
 技官二人が安堵する。
 上杉とレナの額には、太い血管が浮かぶ。

 北条が野獣のように朝食をむさぼる。

 午前中は何事もなく過ぎた。
 梅雨の湿気と生温い雨は、空気をどんどん不快にしていく。



 県警本部には、各指揮官と三十人ほどの捜査員しか残っていない。
 マル被から『身代金受け渡しは明日』と。
 だが、それを信じるバカはキャリア組ぐらいしかいない。

 武田は昨夜のうちに、小寺や他の指揮官と各捜査員の配置を決めた。
 すでに動き始めている。
 一千万円は、菅野ならすぐ用意できることをマル被は把握している。
 ならば、唐突に犯人から要求があってもおかしくない。
 その目的は当然、警察の包囲網完成前に目的を遂行してしまうこと。
 
 応援の大半がハムだった。
 しかし、すでに今川・小早川の二人組は武田の手に落ちた。
 大人しく、武田の配置指示を応援のハム達に伝えた。
 
(さて。マル被どもは、いつ宣戦布告してきやがる?)

 武田は獰猛な牙を研ぎ澄ます。



 上杉は二階にいた。
 目の前には菅野の書斎。
 その戸をノックする。

「……美和か?」

「上杉です。入っても構いませんか?」

「……ええよ」

 上杉が入室する。
 菅野は、椅子の上に円座クッションを載せて座っている。
 疲労しきっていた。
 眠れなかったのか。
 北条から報告があった『敗者復活戦』に勤しんでいたのか。

「そろそろ、リビングに戻っていただけますか?」

「……分かった。すぐ行くわ」

 その時。
 菅野の携帯が震えた。
 同じく、上杉の携帯も懐で震えた。
 自分の携帯を、階下の堀が鳴らしたことを確認する。
 
 菅野が生唾を飲みながら、受信メールを開く。
 上杉が携帯を耳にあてながら、菅野の携帯を覗き込む。

「警部補! マル被からと思われるメールを受信!」

 携帯越しの堀の興奮声に、上杉が冷静に返す。

「今、菅野さんと一緒だ。メールは直接見る。そちらはメール文面をプリントアウトしてください。他のメンバー全員にそれを見せた後、本部にも確実に転送されているか、確認を」

 堀の返事を待たず、上杉が通話を切る。
 菅野と共に、受信したメールを読む。

『福井駅へ行け。今から三十分以内。送料の運び人は菅野。未払いが生じれば、少女の左足の指を全て切断する』

「菅野さん! 身支度はもういい! すぐに出発します!」

 上杉が吠える。
 逆に菅野はオロオロしている。

「ぎゃ、逆探は? 返信して、時間稼ぎとかは……」

「通用する相手じゃない!」

 引きずるように、菅野をリビングへ連れていく上杉。

 リビングには、美和がいなかった。
 北条以外の捜査員達は、揃っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み