第83話 誘拐犯に電話で怒鳴ったら、いきなり決戦の幕が開けるとか

文字数 2,109文字

「『春の狙撃手』だ。明智を殺った奴だ。間違いねえ」

 断定した北条に、上杉は理由を訊ねなかった。
 根拠なき直感だろう。
 だが武田から話を聞いたとき、上杉も北条と同意見だった。
 武田と小寺もそう感じていることを、武田が遠回しながら上杉に伝えた。

「んでだ。何で俺だけに話すんだよ?」

「本件が終われば、正式に敵性勢力であるキャノンと帝国について説明する。それに抗う、俺が所属する『フォート』についても。春のモグラ狩りから始まる戦いは、この2大勢力の……」

 その時、宇宙戦艦ヤマトの主題歌が勇壮に鳴り響いた。

「あ、電話だ。……えへ、女だ、女。ちょっくら、のろけてくる」
 
 北条がデレデレ顔で、別室へ移動した。
 上杉は黙って見送った。



 北条が写真照会を依頼した警視正から、次々と連絡がきた。

「警官ではない者が四名いた。前線のパソコンに、添付メールを送信する」

 それだけ北条に告げると、浅妻は電話を切った。
 次の沼津も、同様の内容だった。
 最後は武田だった。

「写真の連中、誰も知らん」

「あ、部長には期待してないんで」

「ああ!? 貴様! 今何て言いやがった!?」

「あ! 仮眠の時間だ! おやすみなさい!」

 北条は慌てて電話を切った。

 さてと。
 情報収集は終わった。
 『A1』もスタンバイOK。
 特急からの帰り際に、『北条保管庫』で、装備も整えた。
 準備万端。
 
 おいマル被。
 ケリつけようや。
 さつきちゃんは、返してもらう。



 午前三時。
 仮眠する番だ! と寝る気マンマンの北条。
 臨電が鳴った。

 (……なるほど。俺達警察に休む暇も体勢建て直しの時間も、くれてやる気なしか。しかも睡眠が一番深い時間帯を狙ってくる、か)

 上杉が受話器を取る前に、本部と早口で打ち合わせをしている。

(無駄だって。麻痺してんだろ、本部?)

 馬鹿正直にそれを口にすると、ただ上杉とケンカになるだけなのは北条にも分かる。
 だから口に出さなかった。
 言うのが面倒くさい、眠たいというのが一番大きな理由だが。

「上杉、A1だけはさっさと出動するように言え」

 それだけ言って、北条がいきなり受話器を持ち上げる。

「おい! 県警の北条だ! これから仮眠ってときに電話しやがって! さっさと用件言えよ! 馬鹿野郎!」

 とても人質を取られている側の口調でもセリフではない。
 だが相手は気にせず、生声で用件を伝える。

「三十分以内に、福井駅へ来い。途中、日本海銀行で……」

「要するに前回どおりだろろうが!」

「……そうだ」

 北条は受話器を投げ捨て、外に飛び出していく。
 入れ替わりに、レナと技官がリビングに飛び込んでくる。
 電話音で起きたのではなく、眠れなかったのだろう。
 上杉の対応は迅速だった。

「堀さん、管野さんを正面玄関まで連れてきてください! 川村、美和さんをリビングへ。深田さんは、録音した今の電話を分析!」

 そう指示して、上杉が本部に携帯をかける。



 アサシンの副作用で、本部捜査員全員が眠れずに起きていた。
 お陰で、次々と捜査員が講堂に飛び込んでくる。
 武田は全員を待たず、来た者から役割をふっていった。
 
 逆探班のキャップが大声で報告する。

「部長、逆探に成功! マル被は携帯から発信! 基地局を特定! ……文京です!」

 犯人割り出し班が飛び出していく。

「銀行の幹部を叩き起こせ! 俺が直接話す!」

 指示する武田の胸ポケットで携帯が鳴る。武田が携帯に出る。

「上杉です! お聞きになりましたかっ?」

「おう! 逆探も成功した! 文京だ! 割り出し班を向かわせた。……あいつ等、生声でかけてきやがった。追い込まれてるな。福井駅と銀行には、下見班とトカゲを向かわせた。そっちはどうだ?」

「北条が覆面を運転中。管野さんも同乗しています。銀行を何とかしてください……北条から、A1の出動要請です」

「銀行は任せろ。不良債権隠蔽の捜査で、幹部連中を散々痛めつけてやった。俺の言うことには逆らえん。A1は了解した。上杉、分かってるな?」

「客観的に見れば、マル被に焦る要素はなし。しかし追い詰められている。帝国が下命した何らかの期限に、奴等は間に合っていない。あくまで仮説ですが、限りなく真実に近い気がします」

 上杉が小声で言う。
 隣に管野が乗っているからだ。

「同感だ。世界レベルのアサシンまで投入してきやがった。上杉、気をつけろよ。追い詰められた捨て駒は、何でもするぞ。もう自爆までやってんだ」



 覆面が、夜気を切り裂くように疾走する。
 早く出発できたのは、管野が寝ずにパソコンに向かっていたからだ。
 かなり憔悴しているが、目つきがギラギラしている。
 アドレナリンの分泌で、心身の疲労が麻痺状態にある。

 北条は、平気でサイレンを鳴らしていた。
 もうマル被との駆け引きは終わったことを、北条も感じている。

 遂に、闘いは最終局面に入った。
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