第65話 痔の親父と身代金取りに行くって誰得だよ

文字数 1,025文字

「遅刻じゃないっす。管野さんが、途中で便所に寄ったの」

 銀行へ覆面を飛ばしながら、くわえ煙草の北条が携帯で本部と連絡を取り合う。 相変わらず、無線は盗聴防止のため使えない。
 この通話代、ぜってー経費で落としてやる。

「おい。身代金準備は構わんけど……。銀行窓口はとっくに閉まっとる時間やぞ」

「県警通達で、緊急時窓口ってやつがあるんだな、これが」

「警察が絡んでるって、犯人が知ったら……あ、もうバレとるから、構わんのか」

 日本海銀行の駐車場に覆面を停め、北条と管野が銀行の裏口から入っていく。
 管野が通帳と印鑑を取り出す。

「んなもん、必要ないっす。マル被がどっかで見てるかもしれねえから、『身代金下ろすフリ』するだけなんで」

 いまいち要領を得ない管野を尻目に、北条はどんどん歩いていく。
 広い行内には、煌々と灯りが点り、十数名の行員達が慌しく動き回っている。

「前線の北条、到着でーす」

 行員達がピタリと動きを止める。
 全員の顔から、作られた表情が消える。
 行員に扮した刑事達が動き始める。
 A3サイズの鞄を持った中年の男が、北条達に寄ってくる。

「これが身代金だ。北条、任せたぞ」

「了解っす」

 北条は鞄を受け取ると、管野を促してさっさと帰路につく。



「おい。銀行にいたあの連中は、まさか全員が警察か?」

「お、さすが。そうっすよ。全員お巡り。鞄渡したの、捜一の係長」

 帰りの車内で、管野はもう北条のニコチンなど気にならなかった。
 警察の組織力に、圧倒されている。

「ところで管野さん。便所に持って入る鞄。中にノートパソコン入ってるでしょ?」

「そうや。トイレが一番、仕事に集中できる」

 管野があっさり認める。
 いい兆候だ。
 Kは前に進んでいる。
 
 管野が痔であることは、間違いない。
 レナが郵便で受け取った資料で確認されている。
 トイレのオムツ交換テーブルは、パソコンを置く台替り。
 何だか難しい資料や書籍があったことも、北条はこれで納得できた。

「その、何や。鞄の中には、ホンマに一千万入っとんか?」

「もちろん。今回は現ナマ。相手が相手だし。あ、そだ。この鞄、開けんのは絶対になしで。失明しまっせ。色々仕掛けてあるもんで」

 そういうことは早く言え……と菅野は怒れない。
 北条の顔に、いたずらっ子とも、残忍とも判断できない笑みが浮かんでいたから。
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