第30話 公安課長ん時は壁男が邪魔だったのでボコッた

文字数 1,469文字

 冷たかった。

 室温が低いのではない。
 部屋に流れる空気で、住人が分かる。

 次に乗り込んだ部署は、公安課。
 十人ほどがデスクに座っていた。
 全員が感情のない目で北条を観察している。
 NASAに捕らえられた宇宙人に共感が湧く。

 ハム課長は、デスクで決済の真っ最中。
 北条登場に全く動じていない。
 近付いていくと、また人壁が立ちはだかった。
 しかし今回は『一枚』。
 ただし、その男一人で『壁』と表現できる。
 身長、百九十センチ強。
 肩幅は、片方に大人二人が悠々座れそうなほど。
 腿の筋肉は、常人の胴体ほど太い。

 壁男は何も言わず、ニヤニヤと北条を見下ろしている。
 その肩がわずかに上下した、と思った瞬間、北条の体はバックステップを踏んでいた。

 ブオン! 

 という音ともに、先程まで北条の顎があった位置を、丸太のような腕が高速で通り過ぎていく。
 あのアッパーが直撃すれば、首から上が消滅する。

(トーシローじゃねえ。銃器対策部隊出身ってとこか)

 北条が目星をつける。
 SATを補助する銃器対策部隊は、機動隊から選抜された精鋭達だ。
 原発内に配置されていることは、公にされている。
 
 北条は前蹴りで壁男の鳩尾を狙う。
 壁男が両腕をクロスして蹴りを防ぐ。

 壁男の顔からニヤ笑いが消えた。
 代わりに浮かぶ、驚愕。
 壁男の体が宙に浮かんだ。
 北条の蹴りの衝撃は、人間のそれではない。
 蹴りを受けた両腕の激痛で壁男の顔が歪む。
 
 極太の鞭がしなった――公安課員達にはそう見えた。
 軟体動物のような北条の右脚が、有り得ない角度から、壁男のこめかみに直撃する。
 東京の悪党どもが、チャカより恐れた北条の回し蹴り。
 それは絶望的な破壊力。
 壁男が、頭を先頭に三メートルほど、宙を吹っ飛ぶ。
 床に叩きつけられた後も、まだ『ズズズッ』と体を持っていかれる。
 
 北条は何くわぬ顔で、ハム課長の前に立った。
 ハム課長は、まだ悠々と稟議書に目を通していた。
 海千山千のハムを束ねるだけのことはある。

「確かめたいことがある」

「ここはお前みたいな、チンピラが来る所じゃない」

 ズボッ。
 稟議書のド真ん中に、北条が中指で穴を開ける。
 その中指を真上に向ける。
 意味するところは、ファック・ユー。

「このクズがあ!」

 銀縁眼鏡のオールバックで決めたハム課長が、本性を見せる。

「てめえんとこの部長からもお達しの、特命で動いてんだよ」

「うるせえ、このガキ殺しの外様が!」

 北条の右腕が消える。
 ハム課長の鎖骨に人差し指をかけて、少しだけ引っ張る。
 直後、ソプラノの悲鳴が公安課に響き渡る。
 鎖骨は簡単に折れる。
 北条の右手の指が真っ直ぐに伸び、親指以外の四本の指を密着させる。
 親指と四本の指の間にできた窪みを、ハム課長の喉仏に叩き込む。
 『喉輪』と呼ばれるこの技は手っ取り早い。
 堪え性のない北条好みだ。
 
 ハム課長は、激痛と呼吸困難で床をのた打ち回っている。

 「死にてえ奴から来いや!」

 何人かのハム捜査員が動いたが、ピタリと静止する。
 北条に教養はないが、背中に目はあるらしい。

 涙目で喘ぎながら床で悶絶するハム課長。

 北条が屈み込む。
 ハム課長の髪を掴んで、頭部を固定する。
 その目を、北条の視線が真っ直ぐ射抜く。
 涙目のハム課長に低音で問いかける。

「で、課長さんよ。ちーと確認させてくれや」
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