第78話 誘拐犯は手榴弾を使い、刑事は洋モノアダルトを使う

文字数 1,501文字

 現場が動かない。

 管野の排泄と身代金設置から、三十分が経過した。
 トイレの中は、本部が映像で監視している。
 『状況、変化なし』の報告が、一分ごとに無線から流れてくる。

 ショルダーバッグを下げた北条が自然な振る舞いで、トイレに入っていく。
 単に、また腹を下しただけかもしれないが。

(んだよ、スーツケースもそのままだし。異常ねえな。あ、オシッこしたい)

 本部の監視は承知。
 されど、生理現象には逆らわない。
 北条がそれを『ポリシー』と呼ぶ。
 世間はそれを『恥知らず』と呼ぶ。

 北条が車両に戻ってくる。
 入れ違いで、反対車両から二十代後半の男がトイレに入っていく。
 前髪が長く、Tシャツに半袖ジャケットを羽織っている。
 北条は手鏡で、その男を観察していた。
 男がトイレに入る直前、ジャケットの裾が、少しはだけた。
 ほんの少しだけ。
 それも、一瞬。

 しかし、物の怪は見逃さない。
 男のジーンズに、ベルトは通っていない。
 しかし前方のベルト穴に、黒い塊を見た。

「上杉! 管野を守れ! 全員退避!」

 怒鳴りながら、北条がデッキに飛び込む。

「手榴弾だ! 全員退避しろ!」

 くぐもった爆発音が聞こえた。
 直後、巨大な爆発音。

 デッキが激しく揺さぶられる。
 特急全車両が震える。

 爆発の衝撃でトイレの鉄製ドアが、正面にいた北条に真っ直ぐ飛ぶ。
 直撃を食らった北条が、後方の洗面所に吹っ飛ばされる。
 洗面所の壁に首から下を、鏡に後頭部を叩きつけられる。

「マル害を中心に三百六十度!」

 管野を無理矢理立たせ、自分の背に隠れさせて、上杉が怒鳴る。
 拳銃を抜いた捜査員が、管野を中心に警護の円を描く。
 そこに、『余計な応援組』が殺到して、警護の輪が乱れる。
 捜査員で揉みくちゃになる。
 
(まずい! この混乱に乗じて、管野が殺される!)

 丸腰の上杉が、捜査員の顎に次々拳を入れて倒していく。
 そんな上杉を敵性勢力と勘違いした『余計な応援組』が、一斉に上杉に銃口を向ける。
 だが構わず、管野の無事を確認した上杉が怒鳴る。

「救急車! 北条は間に合わん! トカゲか覆面で病院へ運べ!」

「注射は#嫌__きれ__#えだから、病院は行かん」

 煤で汚れた程度の北条が、無残に破壊されたデッキに立っていた。
 全捜査員が物の怪ぶりに、最早言葉もない。

「おいこら本部! 便所ん中で若造は何かしたか!」

 北条が無線に怒鳴る。

「……こちら本部。男は、ジーンズのベルト穴に引っ掛けた手榴弾の安全ピンを抜き、握り締めたまま、トイレの壁に叩きつけた」

 自爆。

 身代金が入ったスーツケースさえ、一緒に吹き飛んだ。
 犯人の狙いが分かる捜査員など、いない。



 車両内にいた顔見知りの県警捜査員に、北条が何やらブツブツ。
 ちなみにこの捜査員は元鑑識で、常にパソコンとプリンターを持ち歩いているのを北条は知っている。

「この携帯の写メ、写真サイズで現像してくれ。全部、三枚づつな」

「そんなの、鑑識に頼めよ」

 物の怪の依頼に、ホ乳類ヒト科は難色を示す。
 
「桜田門の窃盗にいた頃、ガメた洋ピンモノだぞ? 実は、女同士もある。それも複数プレイだ」

「五分だけ待て」 
 
 物の怪のハニートラップに、ホ乳類ヒト科は服従の道を選んだ。



 自爆騒ぎで、並行していた覆面の捜査員一部が、特急に群がった。
 そのドサクサに紛れて、北条は覆面を一台拝借することにした。

(上杉。後の面倒くさい処理は任せた)
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