第87話 ナメんなや! チャカ撃てんで、お巡り勤まるか!

文字数 1,537文字

 管野家のリビング。

 四人の捜査員達が、管野を自宅に送り届けていた。
 菅野は疲労しきっていたが、なぜか安堵の表情を浮かべている。
 レナが捜査員達から報告を受け、技官達が管野を介抱している。

「これで、さつきが戻ってくるんや。思い残すことは、何もない」

 管野がそう呟いたように、技官達には聞こえた。

 美和が現れた。
 管野の帰宅を告げると、なぜかすぐ自室に走っていった。
 その美和の服装は、手首・足首まで隠れる、厚地のワンピース姿だった。
 季節外れで、どう見ても安物。
 何より、美和に似合っていない。
 しかし美和は気にするふうでもなく、微笑みを浮かべていた。

 ――来よったで。

 レナが腹から息を吐き、臍下丹田に力をこめる。
 いつでも動けるよう、全身の筋肉をリラックスさせる。
 
 美和の右手が美しい髪をかくように、背中に伸びる。

「逃げて!」

 技官二人が管野を引きずって隣室へ向かう。

『やはり』と思いながら、管野と技官達を守るように、レナが美和を向いたまま、後ろへステップする。
 その手には、リボルバー・S&W。
 その照準は、美和。

 美和が長いワンピースに隠していた、アサルトライフル・AK47を抜く。
 同時にワンピースが床に落ちる。
 上下カーキ色の戦闘服が姿を現す。

 美和が正体を現した瞬間だった。
 
 驚きと困惑で、菅野を護送してきた捜査員達が棒立ちになる。
 美和がAK47を連射する。
 捜査員二人の胸部から上にいくつも穴が開き、血と肉片が飛び散る。
 残り二人が慌ててソファに飛び込む。
 一人は肩を撃たれた。
 捜査員が壁になったお陰で、管野と技官が隣室への戸に達する。
 美和がレナに銃口を向ける。

『あんたに撃てる?』と、美和が見下した目をレナに向ける。

(ナメんなや! チャカ撃てんで、お巡り勤まるか!)

 レナがS&Wの引き金を引く。

 レナの弾はしかし、美和に当たらない。

 人間は絶対に、銃弾をかわせない。
 だから美和はレナの動作から『次』を予測して動いている。

 うつむせになる美和。
 伏射の体勢。
 管野と技官達は隣室へ移動中。
 レナには隠れる場所も、時間もない。
 
(ウチ、死ぬな……けどな! あの世行くんは、アンタも一緒や!) 

レナが刺し違える覚悟を決めたとき。

『オイコラ! チャカばんばん撃ちやがって! 美和嬢、もうすぐ俺が行ってやっからよ! ちーと、待ってろや!』

 深田が北条に無茶ブリされて管野家中に設置したのは、盗聴器とスピーカー。
 それも最新鋭。
 盗聴器は微細な音を逃がさず、スピーカーは菅野家内外に音声が響く。
 
 だから菅野家内の音声は北条に筒抜け。
 だから北条の怒声は騒音災害。
 菅野家どころか、ご近所中に響き渡っている。 

 北条の威勢のいい啖呵で一瞬できた、美和の隙。
 管野と技官達が隣室に飛び込む。
 だがレナの体は、AK47の銃口にさらされたまま。

 隙を見逃さなかったのは、右肩を撃たれた捜査員も同様だった。
 レナと同じ、官給品のS&Wを構え……る前に、美和に頭を撃ち抜かれる。

 レナが隣室に倒れこみながら、発砲する。
 美和の右太股側面を銃弾が抉る。
 しかし撃たれたことなど一切気にせず、追うために立ち上がろうとした美和が気付く。

 ソファの向こうで何か動いた。
 瞬時に、美和がソファに向けて、立て膝の体勢でAKを連射する。
 穴だらけのソファから、血が滴り落ちる。
 直後、左耳の強烈な激痛と衝撃で、美和の体が後方へ吹き飛ぶ。
 レナが隣室の陰から撃った弾は、美和の左耳下半分を抉った。
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