第89話 婦警と女スパイがド派手に撃ち合う。見慣れた光景である。

文字数 1,598文字

 北条が突っ込んだ衝撃で、家全体が揺れに揺れる。

 美和はそれでバランスを崩すほどヤワな訓練は受けていない。
 しかしレナに撃たれた右太股が、言うことを聞かない。
 体勢を崩した刹那、レナが撃ちながら、一気に距離を詰める。
 レナが発砲。
 一発が美和の脇腹に着弾する。
 それでも美和は倒れず、AK47を構えようとして――その腕に、レナが前蹴りを放つ。
 美和からAK47が離れる。

 撃たれた左耳に手刀、同じく脇腹に膝蹴りを食らい、激痛で美和の意識が遠のきかける。
 それでも体に染み込んだ撃術を繰り出していた。
 レナは致命打だけ避けながら、美和の戦闘着からナイフや手榴弾、拳銃を引き抜いては遠くへ放り投げた。

 苛立つ美和。

 受けて立つレナ。

「この小娘があ! 日本女など、八つ裂きだ!」

「やってみい!」

 美和は回し蹴りを放って、かわしたレナと距離を取る。
 その隙をついて、美和が自室目掛けて駆け出す。
 間髪入れず、追うレナ。
 
(あんたの、その日本語や。関西在住者は、関西弁を完璧に消すことは不可能や。せやけど、例外はおる。海外で日本語を勉強した人間や。きれいな標準語を叩き込まれるから、方言に染まりにくいんや)

 レナは追いながら、初日の違和感の正体を解明していた。

 さらに気になったのは、眼帯とガーゼだ。
 見たことのない眼帯。
 娘が誘拐中とはいえ、一度も交換した形跡がないガーゼ。

 そこで、DVを心配する素振りを見せ、深田に間近で観察させた。
 深田の調査結果。
 それは
 「盗聴発見妨害の素材が眼帯及びガーゼに使用されている」
 だった。



 逃げる美和に、苦い思いが込み上げる。
 管野から、直接『モノ』を回収できなかったのは、北条がずっと性欲丸出しの目で見ていたからだ。
 北条がいない時も、管野か美和かどちらかに、上杉かレナの目があった。
 さつきの誘拐は、中々、『モノ』を完成させない管野への威嚇だった。
 だから誘拐は、表に出す必要はなかった。

 あの幼稚園には、あらかじめ準備した嘘で警察に通報しないよう、はぐらかす予定だった。
 それが通用する愚かな幼稚園だから、さつきを通園させた。
 通報されても、警察が隠蔽する保険をかけておいた。
 だが、警察を超える敵性勢力が暴露した。
 『フォート』。
 忌々しい。
 それで急遽、身代金目当ての誘拐、というシナリオになった。
 だが、時間が無さ過ぎた。
 杜撰な作戦だった。
 本国では、有り得ない。
 何より屈辱だったのは……初日の電話。
 聞かされたシナリオと違う。
 連絡は全て、メールのはずだった。
 自分は、『大佐』から信用されていない。
 その絶望で体が固まった。自分が電話に出ていれば……。

 レナの足音が迫ってくるのを感じる。
 何より、いずれあの北条が参戦してくる。
 早く自室で再武装せねば。
 集中すべきときに、なぜか過去の記憶が蘇る。

 大阪での活動時代。
 金欲しさに、原発の情報を過激派に売った過去を持つ管野が標的とされた。
 別の女性工作員が色仕掛けで落とした。彼女は妊娠した。
 大佐は産むよう指示した。
 管野は科学者としては優秀だった。長期運用に値する。

 だが、彼女は出産した後、全てを美和に引き継がせた。
 彼女には、最優先任務があったから。
 皇居襲撃。
 彼女はその要員に選ばれ、美和は外された。
 屈辱を超越し、絶望した。
 だからこの誘拐で、『アレ』と盗聴器を左目に仕込むとき、目をくり抜く『作業』は麻酔なしで、自分で行った。

 フッと、美和は我に返った。
 なぜ、こんな過去を自分は思い出しているのか。
 日本語で表現した言葉があったな。
 確か『走馬灯のように蘇る』だった。

 その意味全てを、美和は知らない。
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