第17話 捜査開始! で! 悶絶可愛い婦警登場で中止!

文字数 2,372文字

 三人の特命室―――取調室。

 昨日通りの配置で三人は座っていた。
 三人はタオルで、浴びた豪雨を機械的に拭く。

 上杉がタオルの中で、テープレコーダーのスイッチをそっと入れる。

 すでに時計の針は、日付変更線に近い。

 「クソッ、情けねえのう!」

 「あの轢き逃げは、誰にも防げない。捜一がすでに帳場(捜査本部)を立て、動き出した」
 
 吐き捨てる明智に、百年に一度の上杉のフォロー。

 「違うんやって。ガキん時は、どんだけ追い詰められても、下なんか見ることなかったんやのう。逆や。追い詰められるほど、ギラギラしてたんやのう……」
 
 うなだれる明智。
 更正組が、必ずブチ当たる壁。
 牙をむき出してギラギラしていた人生全盛期と、どう折り合いをつけていくか。
 組織に牙をむいて、生き残ることは出来ない。
 牙を無くせば、自分が自分でなくなる。

 「本丸を攻めるしか、オプションはない」

 腕を組んで考え込む上杉。

 「ハムが(たば)になってかかっても落ちん奴と、一戦交えるんか?」
 
 上杉の宣戦布告に、明智が水を差す。

 「それが理解できない。ハムが総力を挙げても敵わないだと? たった一人にか? 非合法が服着て歩くハムの連中が、完敗するわけがない。有り得ないんだ」

 「やけど、それが事実……」

 「サリン・テロで、警察は負けた。結果、警察は総力を挙げて反撃した。いいか、警察は負ければ総力を挙げる。警官個々は弱いが、悪党がそう簡単に警官に手を出さないのは、背負っている警察組織が恐ろしいからだ」
 
 上杉の理詰めに、明智は言い返せない。

 「俺、行くわ」

 突然、北条が勢いよく立ち上がる。

 「どこにや?」

 「帰るのか?」

 二人の質問を尻目に、北条が歩きながら言い捨てる。

 「捜査に決まってんだろ。俺、刑事だからよ、こう見えても」
 
 二人は黙って見送った。

 上杉はタオルの中で、レコーダーのスイッチを切った。



 春だが、北陸の夜は冷える。

 八時には大半が店仕舞いする田舎は、不夜城の東京者には外国だ。
 街灯が照らす歩道にいる人間は、皮ジャンのポケットに手を突っ込んだ北条のみ。

 山本が息絶えた現場。

 歩道は国道沿いだけあって、それなりに幅は広い。
 だが歩道に出る道は、見通しが悪い。
 全速力で走っていれば、車道に飛び出す可能性は、なくはない。

 (でもよ、それって、歩行者の都合だろ? 車側はどうなんだ?)

 『考えるよりも』というより、考えた試しがない。
 なので、車を走らせることにした。
 覆面に乗り込む。
 その時、気付いた。

 (ここ、タクシー強盗の頻発ポイントじゃねえか……)

 ますます暗澹たる気分になる。

 道路向かいに『自衛官募集』の看板を掲げた、自衛隊の地方連絡所がある。

 (あっちの方が、俺にはむいてんのか?)

 自問したが、答えは見つからない。

 現場から二百メートル離れた車道で、堂々と車を停止させる。

 東京なら車が群れを成している時間帯だが、アルマゲドンが来たかのように人っ子一人いない。
 この田舎っぷりゆえに、可能な芸当。

 アクセルを踏む。
 事件当時は、他の車も走っていた。
 今は夜間なので、日中より見通しは悪い。
 それらを加味して速度を調整する。
 現場に差し掛かる。

 ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 急ブレーキを踏んだ。
 タイヤが抗議の悲鳴をあげる。
 心臓が縮み上がる。

 警笛(けいてき)独特の甲高い警告音は、鼓膜を通して脳を攻撃する。

 (まだ交通課が現場整理してんのか!? 車なんか一台も走ってねえだろ!)

 悪態をついていると、暗い路地から何者かが現れる。

 北条は車から下りようとして――気付いた。
 正確には再確認だった。
 やはり、車道から歩道はよく見える。
 夜でさえ。

 その時。
 路地から現れた人間が、街灯で露わになる。

 制服姿。
 婦警だ。
 うなじにかかった髪にシャギーが入り、二重のクリッとした目。
 リスを連想させる鼻に、ちょっぴり厚めの唇。
 背は平均だが、引き締まった体型は武道の経験を物語っている。
 何より、胸部。
 ドッジボールを無理矢理詰め込んだかのように、制服がパンパンに膨らんでいる。

 「お、お前、そ、それ、そ、スッポン……スッピンだよな?」

 大変分かりやすい動揺。

 「はあ? あんた何言うてんの! さっき車道で堂々と車止めたやろ!? しかもスピード違反やで! ウチが天使でも免停は覚悟しいいや!」

 見事な関西弁。

「いや、天使だろ! 何だお前!? 可愛い過ぎて……言葉が出ねえ。な、名前は!? ふるふるしようぜ!」

 婦警の頬が朱色に染まる。

「あ、あんたとふるふるとか有り得へんよ! 何で取り締まり中にナンパしよるねん! それより免許証出さなアカンで!」

「何でも出すって! あ、変な意味じゃなくて……ウォー、捜査しねえと! 静まれ、俺の股間!」

 北条が股間を殴りつける。
 激痛で悶絶する。

 婦警はドン引き。

「こ、交通違反どころか、変質者やん! た、逮捕やで!」
 
 婦警の手が、腰の手錠に伸びる。

「た、逮捕!? いや、今はマズイわ……。そや! こういう時は意地悪モードで行けば冷静になれる!」

 女に免疫はない北条だが、弱いわけではない。

 「警察不信の元凶登場か」

 交通課のアキレス腱をつく。
 国民の警察アレルギーは、交通違反からスタートする。

 婦警の顔が引きつる。

 そんな顔も可愛い。
 北条は再び股間を殴った。
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