第35話 昭和の推理小説みたいな展開に胸熱

文字数 1,710文字

明智がいた。
 白いトレーナーにジーンズ。
 椅子に座っている。
 顔色のよく、髭も剃っている。

 明智は笑顔で二人を迎えた。

「明智、誤解するな。俺はお前を救いに来た」

 明智の笑顔が苦笑に変わる。

「北条、お前、まだ何にも分かってないんやのう」

「ここにお前は監禁されてんじゃねえ。俺と上杉がボコボコにした連中は、お前をガードしてた」

 明智の顔から、作られた笑顔が消える。
 二人のデカと一人のデカ。
 その間の空気が張り詰める。
 北条が手近にあった椅子を引き寄せて座る。
 上杉は入り口近くの壁に体を預ける。
 逃亡阻止、そして、いつでもグロックを抜ける体勢。

「お前が本ボシなのは、もう分かっちまった」

 北条が淡々と告げる。

「ネタはあるんか?」

 明智が感情のない声で返す。

「そもそもハナっから、おかしいんだよ」

 北条が説明を始める。
 拳銃摘発が自作自演だったこと。
 だぶついた銃火器を横流しし、自分の摘発実績と小遣い稼ぎに使ったこと。

 この裏づけとして、銃器対策室の若造が明智に脅され協力していた。
 それを北条が吐かせたこと。
 民間に無許可の口座があったこと。
 拳銃摘発件数が、明らかに異常なこと。

「お前、それで俺をパクれるんか? 口座と摘発デッテ上げ、拳銃横流しで不当利益を得た。こんなもん、懲戒免職で終わりやで」

 明智の顔に、力ない笑みが浮かぶ。

「勘違いすんな。お前のコロシが許せねえ。それも二人だ」

 明智の目から感情が消える。

「Nシステムも防犯カメラもない、絶好の場所に山本を追い詰めた。ちなみに、山本の本名がチョン・ドンウンだって、お喋り好きのハム課長が教えてくれた」

 北条は、明智の目を真っ直ぐ見据えた。

「ところが、映ってたぜ。俺が担当してるタクシー強盗絡みでな。さっぱりホシを挙げられねえから、運ちゃん達の組合が、無断で監視カメラを設置した」

「そして、灯台もと暗しだ。ハムが運用している顔面識別システムにも、お前が山本を突き飛ばす記録が残っていた」

 上杉が、止めを指す。
 初め、キョトンとしていた明智だったが、クスッと笑い出す。
 やがて、明智は大笑いした。
 そして――泣いていた。

「チクショー、俺は……俺は、コロシの一つも満足にできんのか」

「誰が轢き殺したのかは、まだ分かんねえ。だが突き飛ばしたお前の顔は、今みたいに泣き笑いの顔だった」

 静寂が下りた。
 やがて静かに北条が語りだす。

「俺と上杉のケンカを止めに入ったお前から、上杉が煙草をスったのを、知ってたか?」

 明智がポカンとしている。
 北条は構わず続ける。

「上杉は試したんだ。お前から、モノをスれるか。結果は『可能』。そして上杉は、お前から『ブツ』をスった」

 山本の死体から明智を引き剥がすとき、上杉はテープと『鍵』をスった。
 山本の追跡開始時、故意にぶつかった。
 注射器(ポンプ)をスるために。

「やっぱり、あんたやったんか……。ポンプ二本にテープが一本。そして、『鍵』。次々と、俺の『致命傷』が無くなっとったわ……」

「ポンプの中身はニコチンだった。轢き殺すのは、保険だったんだろ? 山本を車道に軽く突き飛ばす。そして走行車から救うという真似で、山本の体にしがみつき、歩道に倒れこむ。それに紛れて、ニコンチで毒殺。木島を塩化カリウムで毒殺したように。違っているか?」

 無表情の明智。
 上杉の発言に驚いたのは、北条だった。

「お前、何で知ってんだ?」

「警官が来る前に、木島の体を調べた。真相を隠蔽される前に。背中にあった。肉眼では、ほとんど見えないほどの注射痕が」

 スマートな上杉。
 それを調べるため、病院で一騒動起こした北条。
 この差は遺伝か、教育の差か。
 どちらにせよ、埋められない品格の差。

 心臓が弱い人間ならば、塩化カリウムのワンショットで死亡する可能性は非常に高い。
 水に溶かしたニコチンは、体内で急速に吸収される。
 しかもその猛毒性は、青酸カリの倍以上に匹敵する。
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