第62話 父親と一緒に身代金準備しに行ったら、その父親がゲリったんだが

文字数 816文字

 美和が技官と機器を回収するため外出したとき、菅野家のシビックは密かに警察の覆面車両にすり替えられている。
 北条と菅野は、今その覆面で銀行に向かっている。

「煙草吸っていいっすか?」

 北条が煙草に火を点けてから、助手席の管野に話しかける。

「かまわん」

 助手席の窓を全開にして、管野が答える。
 梅雨の小雨が入ってくる。
 管野は気にする余裕もなさげに、原子力の書籍を熟読している。

「それ、仕事関係っすか? 熱心っすね」

 北条の軽口に、管野が書籍を乱暴に閉じる。

「俺の詳細資料があんなら、分かっとるやろ。女で、こんなクソ田舎に左遷や」

「あ、俺もここへは左遷っすよ」

「やろうな」

 ……ヤな野郎だ。
 モクのねえとこで、ボコるか?

「やけどな。キャリア組や銀行組とは違う。敗者復活は可能や。必ず、年内に大阪本社に戻ったるわ」

 あのよお。
 さつきちゃんのこと、何にも口にしねえな。
 この切れ痔の無愛想野郎が誘拐犯じゃねえの?

「それにな。何か……何かやっとかんと、頭おかしなりそうじゃ! 一人娘さらわれたんや! もう、もう頭おかしなるわ!」

 管野の慟哭。

 やっとか。
 やっと本音が聞けた。
 前線のK(K指導。被害者指導)、ちったあ前進か。

「心配ないっす。何せ、今回は俺が……」

「オイ! あ、あそこのコンビニで止めてくれや!」

「それ、マズイんすよねえ。どっかでマル被が見てたら……」

「俺は切れ痔やけど、今は下痢もしとんねん!」

 北条は覆面をドリフトさせる。
 エンジンが不気味な唸りをあげた。
 メーターが振り切れる。
 管野が悲鳴を上げる。
 コンビニ自動ドア手前五センチで、急ブレーキの悲鳴音とともに、覆面が停車する。

「ハイ、到着」

 呆然自失の管野に、くわえ煙草で北条が告げる。
 管野を(いざな)うかのように、ブゥーンと自動ドアが開いた。
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