第33話 ガチの敵って日本でもブッコロでいいよね?

文字数 1,955文字

コンコン。

上杉が一瞬で体を捻りながら、グロックを音がした窓ガラスに構える。
 
窓ガラスの向こうに、北条のマヌケ面が見えた。

「ションベン出るわ出るわ、止まんねえかと心配しちまった」

「立小便は軽犯罪……」

「グロックか、玄人好みだな」

 北条、上杉の杓子定規を完全無視。
 ドアを開けた北条だったが、入ってはこない。

「グロックは税関のX線検査に引っかからねえって、大ボラ吹いた映画あったな。映るって。弾が金属なんだぜ?」

ゲラ笑いする北条が、上杉には物の怪にしか見えない。
いきなり、物の怪・北条の顔がニュッと車内に入ってくる。

「おい、チャカしまえ。正面の馬鹿野郎意外は、全員ネンネさせた」

 北条が外に出て三分も経過していない。
 くわえ煙草も、半分ほどしか灰になっていない。
 馬鹿面だが、北条の目は嘘をついていない。
 本当だと上杉は確信した。

「とにかく乗れ、北条! 屋上の奴に見つかる!」

「だーかーらー」

だるそうな北条。

「非常階段の馬鹿もネンネさせた。そしたら、屋上まで行けるじゃねえか。やっぱ屋上のガキんちょどもが、一番弱っちかった」

北条がケタケタ笑う。

「ハ、ハハ、ハハハ、アーッハッハッハッッハッハッハ!」

いきなり笑い出した上杉に、今度は北条が度肝を抜かれる。

「いやあ、悪い悪い」

 そう言って、上杉はグロックをホルスターに戻す。
 車から降りる。

「笑うしかないな、お前」

  そう言う上杉は、目に笑い涙を溜めている。
 どこか吹っ切れた表情。
 それは初めて見せる、上杉の本当の顔。
 束の間、北条と上杉が佇む。

「おい、行くぞ」

「いっつも上から目線だな、こら」

「当たり前だ。俺は警部補だ。階級も年も任官も上だ」

「なら、腕っ節はどうか見せてもらおうじゃねえか」

 堂々と、正面に向かう北条と上杉。

 二人のデカ、戦場へ。



 堂々と歩いてくる北条と上杉に、正面の見張り二人組が虚をつかれる。

 上杉の左手が一瞬消える。
 高速かつ正確無比な拳が、一人の顎を砕く。

 北条がだるそうに前蹴りを放つ。
 蹴り飛ばされた男の体は、ホテルの正面玄関にある自動ドアのガラスを突き破った。

 中で、六人の男達がサッと立ち上がる。
 向かって右側三人を上杉、左側三人を北条が受け持つ。

 一人目。
 上杉と正対した男は、数的優位から完全に油断していた。
 肩から先が消える、上杉の左腕。
 直後、男の顔面中心に真っ赤な大輪の花が咲く。
 鼻が粉砕骨折し大量出血すると、この美しい光景に出会える。
 間髪入れずに、今度は上杉の右腕が男の鳩尾に叩き込まれる。
 男が倒れて悶絶し嘔吐するのを尻目に、上杉は二人目を始末しにかかる。

 もう敵に油断はなかった。
 敵が放った正拳突きを、上杉が体をやや右に倒してかわす。
 その体勢から、鎌のように折った腕を伸ばす。
 フックが男の顎に横から入る。
 骨が砕ける絶望的な破壊音。
 脳震盪どころか、脳内出血を起こしているだろう男に目も向けず、上杉は三人目に向かう。

 三人目は、柔道の使い手だった。
 上杉の襟を掴もうとする。
 捕まってしまえば終わりだ。
 しかし男の動きは、上杉が相手では遅過ぎる。
 敵の鼻と上唇との間(人中)にカウンターを叩き込む。
 頭部が歪に後方へスライドし、背中から崩れ落ちる。

 北条の方はと見ると――案の定だった。
 くわえ煙草でしゃがみこみ、上杉の顔を見上げている。
 その後ろに、三人の男達が倒れていた。
 全員、ピクリとも動かない。
 だが殺してはいないだろう――と信じたい。

「何見てんだ。殺してねえよ」

 くわえ煙草のまま、北条が立ち上がる。

「目的の部屋は二階だ」

 上杉が北条に確認する。

「おう、知ってんぞ。小寺課長が教えてく。しっかしアレだな、やっぱ三十越えると、体のキレが鈍くなっちまうな。ま、それでも貧弱なお前より強いけど」

 会話しながらも、北条と上杉は周囲の索敵に余念がない。
 ホテルスタッフは誰もいない。

 民間人を巻き込まないために、などという仏心ではない。
 秘匿性と、単に邪魔なので、金で無人の状態にしただけだ。
 北条と上杉が階段に向かう。

「お前、ボクシングやんのか? ジャブの引きが遅い。フックは叩き込み過ぎ。顎をかする程度でいいんだ。それで脳は揺れる。あとカウンターん時の、ガードがお留守だ」

 北条が偉そうに説教する。

「さすが、元プロボクサーにして世界チャンピオン候補は違うな」

 上杉が嫌味を込める。

「……ガキん時の話だ」

 北条がポツリと返す。
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