第88話 アカン、逃げ場がもうない! ……殺るしかないな。

文字数 1,615文字

 頑丈な金庫のような車体の強度を誇るが、A1はあくまで対人質奪還特化車輛。
 よって運用は、夜の如く静かに見えずに。
 
 そのA1が激走している。
A1のアクセルを、北条がベタ踏みしているから。 

 物の怪の勘は、初めから北条に教えていた。
 本当の『敵』を。

 美和から、血の臭いがした。

 共同訓練した、デルタの兵士達と同じ臭い。
 それは北条にとって、『いい匂い』。

 女を殺傷する時、躊躇するかもしれない。
 しかし相手が特殊部隊並みに人を殺戮しているなら、何ら気の迷いはない。
 これで、不安が取り除けた。
 だから北条にとって美和が放つ殺戮の残香は『いい匂い』。

 そして、管野家の構造。
 広く、曲がり角が多い。
 防音の仕組み。
 駐車スペースから玄関が遠過ぎる。
 
 攻め難く守りやすし。
 完璧な砦。
 瀟洒な外見や、屋内の高級で美しい装飾品は、目くらまし。

 さらに本部で聞いた、小寺の話。
 小寺の兄は、大阪の府議会議員。
 過去の資金集めパーティに、小寺は強制参加させられた。
 その会場で、ある府議会議員と北の女性工作員との醜聞を聞いた。
 その工作員は美和ではなかった。
 ただ、会場で美和を見た。
 社交的でよく喋っていた。
 顔を覚えていたのは、美和の瞳があまりに印象的だったからだ。

 全ての男を狂わす、魔性の光。
 それが宿る瞳を見たとき、妙な胸騒ぎがした。
 その瞳が、小寺の記憶を呼び起こした。
 そして前線から報告される美和と、パーティの思い出の中にいる美和が、余りにかけ離れ過ぎている。

 その話で、北条の『的』が確定した。

 北条がA1出動を要請したのは、積載されている銃火器や対人質奪還用の変装グッズが目的ではない。 
 その、強固な装甲性。
 それこそが最終決戦に必須の武器。
 そう、獣性の感が吠えた。
 そう、科学的戦闘訓練と科学的戦術に裏打ちされた実戦の経験が告げていた。



『レナ、技官二人はハムだ! そいつ等にも戦わせろ!』

「分かっとるわ!」

 堀と深田はベレッタを握って、管野を警護しつつ、屋外退避を試みている。

 無線・携帯が通じない。
 恐らく外部にいる敵が、電波妨害するジャミング波を放っている。
 応援が呼べない。
 敵の戦闘力の方が上。
 ならば、屋内で戦うのは圧倒的に不利。
 死を意味する。

「なぜ俺達が公安だと見抜いた?」

 堀が警戒を緩めず、移動しながらレナに聞く。

「マル害に帳面見せた時や。技官は帳面持っとらん」

 苦笑した堀が、横に吹き飛ばされる。
 AK47の連射を側面から食らった。

 レナが一発、深田がベレッタを三発撃って弾幕を張ろうとするが、AK47に火力で及ばない。

「川村! よく聞け! 大阪府警の公安は美和が暴走組だと目星をつけてマークしていた! 福井に転入してきたので、俺達が引き継いだ!」

「何で今頃、ウチにそんな話すんねん!」

「俺が時間を稼ぐ! お前は管野を連れて脱出しろ! 管野は絶対に死なせるな! 誘拐の真相が闇に葬られる!」

「それって何や! どういう意味や!」

 深田が後方に吹き飛んだ。
 胴体にAK47の連射を浴びた。
 防弾チョッキで死は防げても、肋骨は全滅だろう。
 
 腑抜けになっている管野の襟元を掴んで、レナが走る。
 すぐ目の前の左側の壁が、AK47の連射でハチの巣になる。

 アカン、逃げ場がもうない! ……殺るしかないな。

「おいこら、おばはん! 出てきいや! 女同士、タイマンやで!」

 レナの宣戦布告と同時に、外でセメント・鉄が派手に破壊される轟音が耳に届いた。

 やっと来よった、あのアホ……。



 そのアホは、管野家の塀を突き破り、グシャグシャになったフロント部分など一切気にせず、そのまま管野家に突っ込んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み