第44話 部長「あれほど人質を奪還しろと」

文字数 1,122文字

 刑事部長室。

 椅子に鷹揚に座る、この部屋の主である武田。
 その前で、直立不動の三人。

 武田が、管野さつき誘拐の説明を始めた。

「……以上だ。要は二時間前の事件で、ほとんど何も分かっていない。判明しているのは、管野さつきが誘拐されたこと。実り園の保育士どもは、全員使えん連中だということだ」

 武田の言い分も分かる。

 誘拐ほど、対処がタイトな事件はない。
 おまけに通報も遅い。

「前線本部には、お前達三人が入れ」

 前線本部とは、誘拐されたマル対の住居に入り込み、様々な任務をこなす。
 正に前線基地。
 
 前線本部に、女性警官は不可欠だ。
 マル害(被害者)宅の女性のメンタルヘルス。
 さらに、誘拐犯から連絡があった場合、母親役を演じる必要性も出てくる。
 レナは、SITでの訓練経験を買われての投入だろう。
 
 退室しょうとすると、武田の重低音が追いかけてきた。

「お前、そのふざけた格好で、前線本部に乗り込むつもりか?」

 『お前』が北条、『ふざけた格好』がスカジャンなのは明白。

 そもそも巡査部長がスカジャンで、警視正の部長室に入室すること自体、非常識。

 それを言い出すと、警官がスカジャンで出勤すること自体、非常識ここに極まれり。

 非常識が服着て歩いている北条だからこそ、あらゆる非常識が何となくまかり通っている。
 
 北条が武田に首だけ向けて発言する。
 これも非常識。

「こう見えても、元SITなんすけど。それも上杉警部補みたいに、田舎SITじゃなくて、バリバリの桜田門SITっす」

「そこで、未成年を射殺したわけだ」

 北条と武田の視線が、宙で激突する。

 初耳のレナが、目を大きく見開いている。

「何を突っ立てる。さっさと行け」

 『大人』の武田が、矛を収める。
 田舎SIT呼ばわりされた上杉も、北条を相手にしない。

 誘拐は、時間との戦いだからだ。


 誘拐には『二時間ルール』がある。
 過去の統計から、大半の誘拐で二、三時間以内に、誘拐犯から連絡がある。
 そして、誘拐から二時間がすでに経過している。
 いつ連絡があってもおかしくはない。

 すでに事は動き出している。

 前線本部の捜査員が到着するまで、所轄の刑事がマル害宅に詰めている。
 簡易録音機があるので、犯人からの連絡は記録できる。
 しかし、定期的に所轄の捜査員に誘拐時の訓練を行っている警視庁と福井県警を比べるのは酷だ。
 
 一刻も早く行かねば。
 それが、北条・上杉・レナの共通見解。
 
 三人は部長室を辞去し、間違いなく本件の中心となる捜査一課との打ち合わせのため、走った。
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