第73話 福井県警が本気で戦争を始めると、こんな感じ

文字数 2,157文字

「全員、メールは見たな!? ……よし! 北条はどこだ!?」

「深田さんのパソコンでメール見るなり、外に出てったで!」

 レナがテキパキ返す。

(北条、何をしているんだ!)

 上杉が内心で怒鳴った、
 その時。 
 
 ズバボンッ!

 小型手榴弾のような爆音が外で響く。

 爆弾の爆発音――反射的に捜査員達が、頭を下げる。
 腰が抜けたような菅野は、上杉が床に引きずり倒した。
 美和だけが、立っている。
 固まってしまったのか。

「今の……きっと北条や!」

 レナが言うより早く、上杉が菅野を引きずって、外に出る。
 身代金の鞄が見当たらない。
 それはイコール、『すでに北条はそれを持って、外で待機している』。

「遅えぞ上杉! さっさと乗れ!」

 覆面の運転席の窓から、半身を乗り出した北条が叫ぶ。

 先ほどの奇怪な音は、北条が覆面のエンジンを人外の力でフルスロットルにした際、車体があげた悲鳴だろう。
 上杉は菅野を引っ張っる。
 二人の体もろとも、後部座席に突っ込む。
 同時に、北条がアクセルを踏んだ。

 菅野家から福井駅まで、通常四十分はかかる。
 しかし、上杉は動じない。
 運転しているのは、北条なのだ。

 上杉は、助手席に身代金の鞄があるのを確認した。
 早朝から、警察無線は誘拐以外全てに制約がかけられ、盗聴防止のスクランブルがかかっている。
 上杉が無線機(メガ)を取った。




 本部にもメールは自動転送され、各端末でそれを読んだ捜査員達が、上へ下への大騒ぎだった。

「今から発着する全部の電車に、捜査員突っ込めや!」

「特急も普通も全部やぞ!」

「駅からバス出とるやんけ! バス全部に突っ込めや!」

「タクシーもやタクシー! タクシー会社全部押さえなアカン!」

「キヨスク忘れれたらあかんのう! 中に捜査員入れや!」

「JRとネゴ(交渉)中!」

「ネゴなんかええて! 力づくで言うこと聞したらええやんけ!」

「マル被は現場動かしてくるんやのう!」

「福井市中、いや福井県中のデパートに捜査員突っ込んだか確認してや!」

「公園もやで、公園!」

「観光地もなんやのう!」

「CD配置完了したか確認とらなあかんのやのう!」

「海押さえなあかんやんけ! 海保に連絡せいや!」

「電車から川に身代金投げさせる可能性あるで! はよ海保と連携せいや!」

「石川方面か関西方面か分からん! 共助依頼せいや!」

 雛壇から武田は無言で、捜査員の言動を観察していた。
 満足のいく対処だ。
 だが、人手が足りない。

「全員黙れ!」

 武田の一括に、いきなり本部が静かになる。

「今、お前等が指摘したポイントは忘れろ。サッチョウが派遣してきた『余計な五千人』に、それをやらせる」

 武田が今川と小早川を睨みつける。

 縮みあがりながら、二人が本部を飛び出していく。
 『余計な五千人』を配置するためだ。

「下見班、『トカゲ』は直ちに福井駅へ臨場!」

 『トカゲ』とは、オートバイ部隊を指す。
 その機動性と隠密性を駆使して、偵察及び追跡を行う。

 下見班に割り振られた刑事達が本部を飛び出していく。



 トカゲの隊員達は、県警地下駐車場に待機していた。
 武田の下命を受け、すでに臨場を開始している。



「補足班、追跡班も福井駅へ向かえ。トカゲから本部への報告を勘案して、俺が指示を出す。『移動指揮本部』を三台出せ」

 『移動指揮本部』という名の警察車輛は、その名称とは全く違う代物だ。
 誘拐捜査に必要な資機材一式、無線機、地図、果ては変装用グッズまで搭載した人質奪還特化ワゴンだ。

「『移動』には参事官が乗れ。よし、お前等も臨場しろ!」

 補足班・追跡班が飛び出していく。
 『移動』運用のため、後方支援班も素早く動き始める。

「現場の情報次第で、マル被の割り出しも即行う」

 犯人割り出し班が、今後の動きをシュミレートし始める。

「さて、逆探班。無理だろ?」

 逆探を担当しているキャップが、冷静に報告する。

「メールはパソコンで送信されています。返信不可の代物です。現在、あらゆるプロバイダーの担当者からヒアリング中です」

 返信による時間稼ぎなど無駄と判断して、『前線』は飛び出していった
 その判断は正しかったわけだ。
 北条と上杉。
 若造のくせに、中々やりやがる。

「お前の率直な感想を言え。私見で構わん」

 武田が、逆探班キャップに命じる。

 キャップ全員を、武田が見込んで選抜した。
 知恵も回れば、度胸もある連中ばかりだ。

「逆探は不可能でしょう。前線の技官とも意見が一致しましたが、マル被のハイテク能力は、国内のそれではありません。複数かつ国内外のプロバイダーを経由するどころか、その痕跡すら薄い。追跡のしようがありません」

 絶望的な事実を、キャップが淡々と報告する。

「分かった。だが、作業は続けろ」

 やはり、『三沢』と『ヤマ』待ちか。
 武田が複雑な表情を浮かべる。
 逆探班のキャップが着席しょうとして――怒鳴った。

「マル害の携帯に、メール着信あり!」
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