第60話 視力が科学を総動員しても測定不可能な件(定期

文字数 1,166文字

 戸を開けると、広く明るく清潔で、洒落たダイニングが視界に入ってくる。
 対面式カウンターを挟んで、キッチン。

「あの冷蔵庫に貼ってあるの、今月の菅野家の献立っしょ?」

「そ、そや」

 あぐらをかいた北条が、菅野を見上げて気軽に問いかける。
 あまりに気軽過ぎて、菅野もつい肯定してしまう。
 上杉、レナもその方向が見える位置まで移動する……冷蔵庫があるのは見える。 何か貼ってあるのも……そう言われると、かろうじて見える。

「ビーフシチュー、コーンサラダ、ガーリックトースト……」

 突然、北条が料理名を大声で言い始めた。

(まさか、ウソやろ……)

 ある予想をしたレナが立ちすくむ。

(そうか、そうだった……)

 上杉はあるデータを思い出した。

「……もうええわ。お前の視力が超人なのは、イヤっちゅうほど分かった」

 管野があきらめと呆れの声音で、北条にストップをかける。

「ど、どういうことなんです?」

「冷蔵庫に貼ってある、今月の献立……。あいつ、全部読み上げたんや」

「そ、そんなこと……。オペラグラスでも使わないと……」

 美和の困惑は当然だ。
 目の前にいきなり物の怪が現れて、冷静でいられる人間は凄腕の陰陽師だけだ。

「菅野さん、美和さん。北条巡査部長の視力検査の結果ですが……。測定不能、です。県警が臨時に行った特別診断でも、5・0までは確認できました。それ以上は……想像もつきません」
 
 しばらく、全員黙り込んでいた。



 北条がいきなり立ち上がり、奇妙な提案をする。

「気休め程度のもんだけどよお。管野夫妻に、俺達全員の帳面……警察手帳、見せますわ」

 「何だ、それ」が全員の共通見解だった。
 だが北条が口にしてしまった以上、帳面を見せる必要がある。
 捜査員同士が揉めている姿を、管野夫妻に見せるわけにはいかない。
 テーブルに、五人全員が帳面を置き、管野夫妻に見せる。
 北条以外、全員が困惑している。

 奇妙な空気に包まれたが、口火を切ったのは、やはり上杉だった。

「犯人は今後の連絡を、メールで送ると言っていた。管野さん、この家にパソコンは何台ありますか?」

「デスクトップが一台、ノートが二台や」

「深田技官を、デスクトップがある部屋に案内していただけますか? ノートについては、リビングに持って来てください。それから、ご夫妻の携帯を堀技官に預けてください。メールが何に届くのか分かりません。どれに届いても、技官が使用しているパソコンに集約できるように作業します」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。……トイレに行ってくる」

 仏頂面をさらに歪めた管野が、例の如く鞄を持ってトイレに立つ。
 ブッと吹き出した北条の脇腹に、レナの肘が叩き込まれる。
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