第4話 監察室で監察しないとかワケわかめ

文字数 1,600文字

 北条は、室内に流れる空気に困惑した。
 密度濃く充満する理解不能な『奇妙』。
 
 武田と浅妻。
 刑事部長と警備部長。
 吉良幸之助と赤穂浪士。
 
 ハムは刑事を、
「殺人犯一人逮捕して何になる? 
一つの情報が一億の国民を救う。
俺達は天下国家を背負ってるんだ」
 と見下す。

 刑事はハムを、
「無駄に予算使って、時代遅れの情報しか取ってこない。
しかも犯人一人をロクに逮捕できないわ、取り調べできないわ、どこが私服警官なんだ?
ソ連とともに消滅していればいいものを」
 と迎撃する。
 
 そんな犬猿のポジションにいる二人が、無表情で同じ空間にいる。

(ヤッバ! 絶対ヤバイぞ、これ!)

 少年時代も警官になってからも、修羅場な毎日が作った『北条アラーム』が鳴り響く。

 沼津が手元の書類に目を落とす。

「北条剣。十八歳で警視庁警察官拝命。警察学校卒業後、機動隊所属。SAT選抜試験に首席で合格」

 沼津の書類には自分の経歴が載っているらしい。

 SATは、機動隊の精鋭部隊だ。
 当然、『例の二件』も記載されているだろう。
 『北条アラーム』の音量、MAXへ。

 「五年間SATに所属。その後、新宿署・歌舞伎町交番に転属」

 沼津がさらりと言ってのける。
 例の二件は持ち出さない。
 内心安堵の北条。

 明智が興味深々の顔を向けてくる。
 当然だ。
 『SAT』から交番の『お巡りさん』。
 誰がどう見ても、立派な左遷。

 「その後、鑑識、機捜……失敬、機動捜査隊、盗犯(窃盗犯捜査係)に一年づつ所属。どの部署でも優秀な結果を出してるな」

 誉められて嬉しくないはずがない。
 監察官よ、少し見直した。

 「ただし、勤務態度に問題あり」

 前言撤回。

 「そして、警視庁捜査一課特殊班捜査係・SITに一年間所属」
 
 明智が、新旧SITの北条と上杉を驚いて見比べる。

 「その後、福井県警捜査一課・強行班へ。激動の人事だな」
 
 (なぜ、俺の経歴を読み上げる? 明智と上杉への紹介か? いや、武田部長と浅妻部長への報告なのか?)
 
 その両方だった。
 沼津が慇懃に問いを投げる。

 「部長さん方、彼でいかがです? 『二度の少年射殺』を除けば、彼の経歴は素晴しい」

 沼津の口から露骨に明かされる「例の二件」の正体。

 SAT時代に一人――少年・谷岡を。
 SIT時代に一人――少年・藤間を。
 射殺した。

(……ダメだ、やっぱり谷岡と藤間の下の名前を思いだせねえ……)

 北条がトラウマで苦しもうが、幹部会議は遠慮なく続行。
  
 「こいつで構わん」

 エラの張った真四角な顔をした武田が、傲慢に言い放つ。
 武田は叩き上げで警視正にまで上りつめた。
 機動隊上がりの逞しい体格。
 規律にも相当厳しいらしい。
 
 警察ほど手枷足枷が好きな組織も珍しい。
 掃除、洗濯・その干し方・住居の強制・結婚相手・銀行口座・旅行先の限定などなど。

 「異議はない」

 三十代後半の、エリートが服着て歩く浅妻が無感情に答える。

 「君達はどうだ?」

 沼津が上杉と明智に水をむける。

 「北条巡査部長の経歴が異例過ぎて、理解が追いつけません」

 困惑顔で訴える明智。

 「君が理解する必要はない」

 沼津が一刀両断。
 首をすくめる明智。

 「上杉君、君は?」

 「問題ありません」

 洗練された身なりで、県警内で『切れ者』と評される上杉。
 そんなお上品タイプは大嫌いな北条だが、なぜか上杉からは似た匂いがする。
 SIT繋がりが原因か?
 共通項はその程度のはずだが、『同種』の匂いがする。
 数学どころか算数もできない北条だが、鼻は利く。

 異例づくしで疑問づくしの場は、そろそろ終わりを告げようとしていた。
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