第32話 敵の本丸に乗り込む俺がカッコ良過ぎて困っている件

文字数 1,708文字

 さびれた商店がポツリポツリとある中に、三階建てのホテルがあった。

 一台の覆面を見逃さなかった。
 北条はこちらも覆面で、ホテル周囲を窺う。
 その足で一つ向こうの角に覆面を停めた。
 停車位置前方すぐに、もう一台の覆面が停まっている。

 車を降りた北条は、遠慮なく前方の覆面の助手席に乗り込む。
 運転席にいたのは、上杉だった。

 上杉は只者ではない――ただの警官でもない。
 何を知っていようが、どこにいようが、不思議はない。
 きっと邪馬台国の場所も知っていると、北条は密かに睨んでいる。

「偶然だな、キザ野郎」

「喫煙するなよ」

 「分かった」と言って、北条はタバコに火を点けた。
 上杉はもう何も言わない。
 その眼差しに映るは、戦に討って出る男の覚悟。

「ラッキーだな。貧弱なお前じゃ、ホテル行っても、どうにもなんねえ。俺に感謝しろ」

 上杉は何も言い返さない。
 だがスーツで隠した拳銃を、北条は見逃さない。

「外で見張ってるハムの連中、何人いたか分かるか?」

 上杉が意地悪く質問する。
 喫煙への報復。

「正面に二人、裏に一人、非常口、搬入口、非常階段に一人」

 紫煙を吐きながら答える。

「五十点だ。屋上に一人いた」

「あそこは二人だ。んでもよ、屋上組は数に入れんな。どうせ理由も教えてもらえねえで、所轄から狩り出されたクチだな、ありゃ」

 上杉は黙り込むしかない。
 戦闘だけは、北条に敵わない。

「ちょっと待ってろ、貧弱君」

 北条が一人で下りようとするので、慌てて上杉が止める。

「相手はハムだぞ。それに……」

「全員、チャカのんでたな」

 拳銃で武装していることを指す。

「北条。あいつらは只者じゃないんだ。実は……ハムですらない」

 上杉の目に、迷いを振り切った決意が浮かぶ。

「ん? んなこたあ分かってる。あいつら、ガチで戦闘訓練を受けた連中だな。目つきに立ち位置、姿勢でバレバレ。そんでだ。お前もただのデカじゃねえよな、上杉」

 (そこまでお見通しか……。『帝国』や『フォート』の幹部連中が、試したくなるわけだ)

「北条、だからこそ綿密な戦術を練ってから……」

「任せる任せる。んじゃ、ちょいと行ってくる」

「待て待て! 防弾チョッキはっ? 拳銃は……」

「神経質な奴だな。『チョッキ』は着てねえ。理由は二つだ。着るほどの相手でもねえ。これが一つ。もう一つはな――山本を轢き殺した奴は、超がつく一流の殺し屋(アサシン)だ。アイツが出張ってきやがったら、チョッキ着てようが、ド頭ブチ抜かれて(しま)いだ」

 現実離れした現実。
 今から、そこに切り込む。

 だが上杉に、恐怖は微塵もない。
 拝命したその日から、殉職の覚悟はできている。

「なに辛気くせえ顔してんだ。SATにいた頃よ。デルタと極秘共同訓練ってやつを、米軍基地でこっそりやった。デルタって知ってんだろ?」

 当然だ。

 デルタ・フォースは市街地戦において、イギリスのSAS、ドイツのGSG―9をも上回る、世界最強の米軍特殊部隊。

「デルタの兄ちゃん達、化け物みてえに強かったけどよ。模擬銃撃戦と近接格闘技で、一回も負けてねえ。……GPS使って索敵だの、暗号化した無線がどうだのは、さっぱりついていけなかったけどな」

 アッハッハッハと、北条が大笑い。

「ホテルにいる連中なんざ、目じゃねえ。山本を轢き殺した奴用に、チャカはのんでるけどよ。いねえな、ホテルには」

「なぜ分かる?」

「デルタの連中がそうだったんけどよ。あいつ等、イラクだのアフガニスタンだので、派手に殺ってきた奴等だ。気配は殺せても、血の匂いは消えねえ。てか、話長過ぎてションベンしたくなった。ちょいと行ってくらあ」

 車内灰皿で吸殻を潰し、新しい煙草に火を点けながら、車外へ。
 そのまま、ブラブラと歩き出す。

 もう理解することをあきらめた上杉は、臨戦態勢をとる。
 ホルスターからグロックを抜き、マガジンを点検して戻す。
 スライドを引いて、一発目を装填する。
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