第91話 ラスボス倒したと思ったら、裏ボスいたという様式美
文字数 1,852文字
菅野家の周囲は車体側面に『福井県警』と書かれたパトカーで埋め尽くされていた。
救急車が来るまで、警護は上杉を中心に県警の捜査員だけで行っている。
裏切りがいつ果てるとも分からないから。
背中から弓引かれる瞬間が、いつ来ても不思議ではないから。
これは、そんな『戦争』だった。
『誘拐』という皮をかぶった『戦争』だ。
北条とレナが家から出てくる。
今回の戦闘の凄絶さを何よりも雄弁に物語る、汚れて傷だらけの二人。
管野は、力ない笑みを浮かべていた。
面倒くさい報告は後回しに。
北条とレナはさつきと話したかった。
この子を救うために、命がけで戦った。
多くの命が散った。
前進する北条とレナに、制服警官と私服刑事達の警護の輪が開く。
ついに念願叶い、北条とレナがマル対――さつきと向き合う。
園児にしてはマセたワンピース姿だが、年相応の身振りと笑顔が輝いている。
「お、元気そうだな~。腹減ってねえか?」
「大丈夫だよ。おっちゃん二人が、すっごい優しくしてくれた。お父さんお母さんに会えないのが寂しかったけど、お父さんには会えた。お母さんは?」
二人には、返すべき言葉が見つからない。
「そのスンゲー優しいオッチャン二人は、どんなオッチャン?」
気を取り直して聞いた北条に、さつきの答えが止めをさす。
さつきが語ったマル被の人着から、北条との追跡劇の末、谷底へ落ちていった二人だと分かった。
さらに、さつきによると、二人はテレビゲームやトランプで遊んでくれた。
さつきには理由が分からなかったが、その途中で何度も二人は『ゴメンな』と謝ったらしい。
『子どもは未来のアジアを担う大切な宝』という意味合いの言葉も、繰り返し言っていたらしい。
表現不可能な、複雑な心情の北条。
さつきへの笑顔が引き攣る。
その一瞬。
一瞬だけ北条もレナも上杉も、福井県警警官達も……気が逸れた。
油断。
生じた隙。
骨と筋肉が破壊される音を、北条は後方で聞いた。
「レナ! さつきちゃんを保護しろ! 見せるな!」
管野が胸部から大量に出血し、倒れている。
北条が捜査員を蹴散らして、管野に駆け寄る。
うつ伏せで倒れた管野を仰向けにし、抱き抱える。
管野は、左肩甲骨真下を斜めに撃ち抜かれていた。
撃たれてすぐに、これだけの大量出血。
心臓を撃ち抜かれた証左。
管野が、何かを呟いている。
北条と上杉が、管野の口元に耳を寄せる。
震える小声だが、かろうじて単語だけ聞き取れた。
「SD」
上杉は目眩を覚えた。
管野は必死でパソコンに向かっていた。
我が子が誘拐されたのに、ではなかった。
我が子が誘拐されたから、だった。
SDの中のデータは、管野の職業を考えれば容易に想像がつく。
原子力発電所の急所だ。
それも、SDを二回に分けなければいけない程、大量のデータ。
それがマル被の狙いだった。
『余計な応援組』のパイプ役が『帝国』率いるキャノン機関だった。
一回目の自爆。
二回目の暗闇での捜査員密集。
あるいは、自分が気絶した後。
春に上杉自身が、明智にそうしたように。
管野の懐から、奴等はSDを『スッた』。
身代金など、戦争を誘拐にするための小道具。
北条が、管野の瞼をゆっくりと閉じてやっていた。
『お父さんは! お父さんは!』と泣きじゃくるさつきを、レナが一緒に泣きながら、必死に抱きしめている。
皆殺しだ。
キャノン機関も、奴等の上に君臨する帝国の連中も、皆殺しだ。
上杉が固く誓う。
「上杉、またアイツだ。明智を殺し、本部の裏切り者を皆殺しにした、アイツだ」
北条が、管野の不思議と安らかな死に顔に目を落としながら、押し殺した声で言う。
上杉が周囲を見渡す。
狙撃に向く場所……。
古墳公園!
初めて菅野家に向かう道中、自分達が街並みを偵察をした場所。
(それを知ってて、狙撃しやがった)
北条の中がスッと冷えていく。
煮えたぎり過ぎた怒気が、殺気に昇華したから。
「雪が降る前だ」
北条の口からボソリ洩れる。
「雪が降るまでに、このアサシンは殺す。必ず殺す」
北条もまた、絶対の殺意を胸に秘める。
上杉は決断した。
「北条、少し付き合え。もう、お前も知っておいた方がいい」
救急車が来るまで、警護は上杉を中心に県警の捜査員だけで行っている。
裏切りがいつ果てるとも分からないから。
背中から弓引かれる瞬間が、いつ来ても不思議ではないから。
これは、そんな『戦争』だった。
『誘拐』という皮をかぶった『戦争』だ。
北条とレナが家から出てくる。
今回の戦闘の凄絶さを何よりも雄弁に物語る、汚れて傷だらけの二人。
管野は、力ない笑みを浮かべていた。
面倒くさい報告は後回しに。
北条とレナはさつきと話したかった。
この子を救うために、命がけで戦った。
多くの命が散った。
前進する北条とレナに、制服警官と私服刑事達の警護の輪が開く。
ついに念願叶い、北条とレナがマル対――さつきと向き合う。
園児にしてはマセたワンピース姿だが、年相応の身振りと笑顔が輝いている。
「お、元気そうだな~。腹減ってねえか?」
「大丈夫だよ。おっちゃん二人が、すっごい優しくしてくれた。お父さんお母さんに会えないのが寂しかったけど、お父さんには会えた。お母さんは?」
二人には、返すべき言葉が見つからない。
「そのスンゲー優しいオッチャン二人は、どんなオッチャン?」
気を取り直して聞いた北条に、さつきの答えが止めをさす。
さつきが語ったマル被の人着から、北条との追跡劇の末、谷底へ落ちていった二人だと分かった。
さらに、さつきによると、二人はテレビゲームやトランプで遊んでくれた。
さつきには理由が分からなかったが、その途中で何度も二人は『ゴメンな』と謝ったらしい。
『子どもは未来のアジアを担う大切な宝』という意味合いの言葉も、繰り返し言っていたらしい。
表現不可能な、複雑な心情の北条。
さつきへの笑顔が引き攣る。
その一瞬。
一瞬だけ北条もレナも上杉も、福井県警警官達も……気が逸れた。
油断。
生じた隙。
骨と筋肉が破壊される音を、北条は後方で聞いた。
「レナ! さつきちゃんを保護しろ! 見せるな!」
管野が胸部から大量に出血し、倒れている。
北条が捜査員を蹴散らして、管野に駆け寄る。
うつ伏せで倒れた管野を仰向けにし、抱き抱える。
管野は、左肩甲骨真下を斜めに撃ち抜かれていた。
撃たれてすぐに、これだけの大量出血。
心臓を撃ち抜かれた証左。
管野が、何かを呟いている。
北条と上杉が、管野の口元に耳を寄せる。
震える小声だが、かろうじて単語だけ聞き取れた。
「SD」
上杉は目眩を覚えた。
管野は必死でパソコンに向かっていた。
我が子が誘拐されたのに、ではなかった。
我が子が誘拐されたから、だった。
SDの中のデータは、管野の職業を考えれば容易に想像がつく。
原子力発電所の急所だ。
それも、SDを二回に分けなければいけない程、大量のデータ。
それがマル被の狙いだった。
『余計な応援組』のパイプ役が『帝国』率いるキャノン機関だった。
一回目の自爆。
二回目の暗闇での捜査員密集。
あるいは、自分が気絶した後。
春に上杉自身が、明智にそうしたように。
管野の懐から、奴等はSDを『スッた』。
身代金など、戦争を誘拐にするための小道具。
北条が、管野の瞼をゆっくりと閉じてやっていた。
『お父さんは! お父さんは!』と泣きじゃくるさつきを、レナが一緒に泣きながら、必死に抱きしめている。
皆殺しだ。
キャノン機関も、奴等の上に君臨する帝国の連中も、皆殺しだ。
上杉が固く誓う。
「上杉、またアイツだ。明智を殺し、本部の裏切り者を皆殺しにした、アイツだ」
北条が、管野の不思議と安らかな死に顔に目を落としながら、押し殺した声で言う。
上杉が周囲を見渡す。
狙撃に向く場所……。
古墳公園!
初めて菅野家に向かう道中、自分達が街並みを偵察をした場所。
(それを知ってて、狙撃しやがった)
北条の中がスッと冷えていく。
煮えたぎり過ぎた怒気が、殺気に昇華したから。
「雪が降る前だ」
北条の口からボソリ洩れる。
「雪が降るまでに、このアサシンは殺す。必ず殺す」
北条もまた、絶対の殺意を胸に秘める。
上杉は決断した。
「北条、少し付き合え。もう、お前も知っておいた方がいい」