第95話 ナウでヤングな上杉兄さんが、大物スパイに噛みつきまくってます

文字数 1,484文字

「上杉昇、三十一歳。外務官僚一族に生まれる。書道、ピアノで全国大会入賞歴あり。水泳、乗馬、フェッシングに長け……」

「あらかじめ、ハムから情報を得ただけだろうが」

 上杉には珍しく、口調が荒い。
 北条の前で過去を話されるのが恥辱なのか、早目にKCIAに牽制球を投げたいのか。

「私は日本人などから、何も得ない」

「じゃ、浅妻部長は日本人じゃねえわけだ」

 北条の憎まれ口にも、KCIAの猛者は1ミリも怯まずに続ける。

「北条剣。元プロボクサー。デビュー戦後に揉め事を起こす。その余波で妹がレイプされた過去を持つ」

 時間が数秒飛んだ。
 上杉とレナはそう錯覚した。

 北条の回し蹴りが、パクのこめかみ寸前で止まっている。
 パクの手刀が、北条の首頚動脈寸前で止まっている。
 目で追えない二人の挙動。

 室内に満ちる殺気。
 本物の殺意が二人から放たれている。

「さっさと終わらせるか、別室でやれ」

 浅妻の棒読み発言で、二人が元の姿勢に戻る。

「部屋を変えるぞ」

 さっさと退室するパク。
 それを北条の険しい視線が追う。
 
(北条……妹さん、暴行されたんかいな……)

 北条の妹と学事時代の親友がシンクロしたレナの顔は憂いを帯びる。

(どこまで俺達のことを調べあげてるんだ? やりたい放題のKCIAか……だが、先程の北条への発言は一線を越えたぞ。
 
 いつもはクールな表情が貼りついている上杉の顔が、怒りで引き攣る。



 部屋はなぜか、福井県警本部長室だった。

「おい。本部長室を使っていいと、誰が言った?」

 北条チックな問いを発したのは、上杉だった。

「本部長は長期不在だ。監視・盗聴防止の観点から、この部屋が最適だ」

 無愛想にパクが返す。
 
(最近よお、無愛想な奴多くねえか? 無愛想、今年の流行?)

 横道に逸れる北条をヨソに、上杉とパクの応酬は続く。

「なぜお前が知っている? KCIAは全知全能でもなんでもない」

 なぜか執拗に絡む上杉に、パクが関心なさげに答える。

「お前達日本警察が『自決誘拐』と呼ぶ六月の誘拐で、刑事部長の武田がJRに強引に圧力をかけた。
指揮官としては、正しい判断だ。
だがこの国は戦士の英断より、予定調和と何より金を優先する。
結果、JRが警察庁に猛抗議。
さらに、多数の天下り国交省OBから現役国交省幹部達への相次ぐ非難。
関係修復へ向け、本部長はJRへ入り浸りだ。本人の天下り確保も念頭にあるだろう」

(長いし難しいセリフ、ようスラスラ話せんなあ。ウチ、覚えるのも無理やわ)

 レナのチルドレンな感想をよそに、口頭戦争は続く。

「えらく事情に詳しいな。お前にレクチャーしてるイヌがいるわけだ。飼い主に似て、薄汚いイヌがな」

「敵陣に乗り込む前に、一から十まで徹底的に調べ上げるのは、戦闘のイロハのイだ」

「ほう。ここはお前にとって敵陣か。では、俺達も敵だな」

「前半はその通り。後半はお前達次第だ」

「どういう意味だ? 次の言葉は慎重に選べ。ICPOを通じても、所詮KCIAだ。日本はお前達に煮え湯を……」

「お前達がノロマで邪魔なら、敵同様、という意味だ。味方以外は、全員敵でしかない」

 上杉を遮ってパクが答え、そのまま続ける。

「俺はお喋りをしに日本なんかに来たわけじゃない。キムの身柄確保のためだ。では、説明を開始する」

「一つだけ、俺の質問に答えろ」

 割ってはいる北条。
 ウンザリ顔のパク。

「なぜ、俺達三人が選ばれた?」
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