第25話 ヤン友に電話したら、ガチの893になっててワロた

文字数 3,153文字

その十分ほど前。
 
 北条とレナが院内に入る。
 非常灯の灯りだけが、何とか暗闇を凌いでいる。

 薄暗い外来待合室に、二人の人間が座っていた。
 一人は太陽の輝きを失い、枯れつつあるひまわり少女。
 一人は母にして、今は未亡人となった女性。
 
 伸子の膝の上にカンナが座り、体を小さくしている。
 自分が消えれば、今日の最悪も消えるように。
 そんなカンナを優しく抱きしめ、髪を撫でている伸子。
 
 レナは立ち止まって、母子を見詰めた。
 説明しなくても、この母子が何者なのか察しはつくだろう。
 北条は止まらず進んだ。
 母子にかける言葉を、北条は持っていない。
 何より、この母子は自分に言葉など求めていない。

 「私の夫は警察官でした」

 伸子の一言に込められた思いが、北条に届く。

 『なぜ警察という組織は、それに属する警察官――夫を目の敵にし、死まで与えたのか?』
 

 その答えを、見つけ出すこと。
 それが、自分に求められていること。

 手段など選ぶ気はない。
 ルール? 
 生まれてこのかた、守った記憶はない。

 敵が立ちはだかれば? 
 回答は至ってシンプル。
 ただひたすら、蹴散らすまで。



 病院を出て夜道を歩きながら、北条は携帯のアドレスから懐かしい名前を呼び出した。
 コールが二回鳴る前に相手が出る。
 相変わらず、反応良し。

 「風が気持ちいい夜に、色気のねえ馬鹿から電話か」

 テル――足利輝(あしかが てる)
 ガキの頃からつるんできた悪友。
 これをマブダチという。

 「よお、元気してっか? まあ、お前なら問題ねえな」

 電話の向こうで、テルが苦笑する。
 
 武器を拒み、タイマンを愛す。
 裏切りを憎み、仲間を宝とす。
 北条のこれらの気質は変わらない。

 十代のヤンチャ坊主達にとって、そんな北条はたまらなく魅力的だった。
 群れを嫌っていたが、自然とチームができた。
 数々の抗争をくぐり抜けた『チーム北条』にあって、テルは参謀役だった。
 頭は切れ、腕っ節もたつ。
 そして絶対に仲間を見捨てない。
 だから北条との付き合いは途絶えない。
 
 テルの就職先が、北条の敵であっても。
 テルはヤクザ屋に就職した。
 極道になった。

 「で、悩みは何だ? 色恋沙汰なら、あきらめろ」
 
 今度は北条が苦笑。
 後半は冗談だが、テルは北条の全てを見抜く。

 「有馬を思い出してよ」

 その名前に、テルは一瞬沈黙する。

 「あの時のお前、いや俺達の行動は絶対に正しかった。ガキだったけどよ、俺達は曲がったことを絶対に許さなかった」

 「けどよ、理屈で割り切れねえ。もうちょっと俺が頭良かったら、どっかで気付いてやってたら、アイツを少年院(ねんしょう)にいかすなんて……」

 「浅井の無念はどうなるんだ?」

 北条は、その名に黙り込むしかない。
 テルが続ける。

 「あいつの誇りはどうなるんだ? 浅井も仲間だ。仲間を裏切った奴を見逃すほど、今もガキんときも、日和(ひよ)ってねえよ」

 「けどよ。浅井だって、俺がプロデビュー戦の後、ヤンチャしたから……」

 「はいはい、そこまで。お前は頭使うな。お前が頭使って、いい思いしたことあったか?窮地に立たされてばっかだったぜ」
 
 ムッとする北条。
 だがそれは、厳然たる事実。
 反撃は不可能。

 現役高校生でプロボクサーになった。
 デビュー前から世界チャンピオン最右翼とマスコミからチヤホヤされた。
 当時の北条はご満悦だった。
 だがリングに上がれば、北条に慢心が入り込む余地はない。
 生粋の戦士だから。
 果たして、デビュー戦は北条の圧勝だった。

 圧勝過ぎたのだ、今にして思えば。
 再起不能にされた相手ボクサーと、彼の所属するボクシングジムは、半グレ集団の巣窟だった。
 半グレはヤクザのような組織を持たない。
 代わりに、ヤクザも警察も出し抜く悪知恵を有する。
 当時、その悪知恵が最悪の形で表現化した。

 北条への報復は、北条本人に向かわなかった。
『チーム北条』でも大人しく腕っぷしの弱い浅井に向けられた。
 集団リンチの結果、浅井は下半身不随となった。
 浅井の報復は、北条のボクサー人生終焉を意味する――が、北条は一ミリも躊躇わず、相手ボクシングジムに乗り込み、全員を半殺しにした。
 結果、ボクサーライセンスははく奪された。
 それでも北条に、悔いはない。

 浅井は車椅子になっても『チーム北条』の一員として残った。
 そのままだったなら、北条にとって悔いなき思い出の日々となるはずだった。
 
 だが、同じく『チーム北条』の一員である有馬が裏切った。
 その裏切りは、結果として『チーム北条』を解散させた。
 それほど、鬼畜の所業――有馬は、浅井の車椅子を利用して麻薬の売買を行った。
 それに気づいた北条は、有馬を半殺しにし、警察に突き出した……。



 「ま、お前は頭切れるからな。それでシノギも結果出してんだろ? 教えろよ、ジュク(新宿)のヤク流通ルート」

 「分かった分かった、俺の負けだ。全く、お巡りってえのはタチ悪いなあ。しかし、お前がジュクの交番に異動してきたときは、ひっくり返った」

 「俺はお前が『筋モン』になっちまったことが、ビックリだ。いい大学いくのは予想的中だけどよ。まさか、そっからなあ。お前なら、社会の荒波もすいすい泳いで、スマートに金稼ぐと思ってよ、羨ましくてしょうがなかったのに」

 「なあ、北条。所詮、蛇の道は蛇。俺もお前も、カタギにはなれねえ。俺達がリーマンやってる姿、想像してみろよ」

 一瞬想像した後、北条が爆笑する。
 電話の向こうでテルも爆笑している。
 ひとしきり爆笑した後、テルが訊ねる。

「親父さんとお袋さん、それに、香里ちゃんも元気にしてっか?」

 香里は北条の妹だ。
 テルは香里が気になるのだろう。
 それは色恋絡みではない。
 妹の香里もまた、ボクサー・北条のプロデビュー戦絡みの被害者。

 知的障害を持ちながら、それでも大好きな絵画の世界で輝く青春を送っていた香里。
 そんな香里を、あの半グレ集団どもはレイプした。
 北条が文字通り連中を皆殺しにする寸前、テルが止めてくれた。
 それが無ければ、北条もまた有馬と同じく少年院行きは確実だった。



「おう、みんな元気にしてらあ。親父なんざ、元気なんてもんじゃねえ。殺しても死なねえ。偉そうに署長なんかやってっけど。やたら現場に出るんで、お偉方も参ってるとさ。俺は親父より、親父が殺すかもしんねえ、犯人の方が心配だ」

「……それ、シャレんなってねえぞ。古参のジジイ幹部どもは、未だに『蛇頭殺しの北条』の親父さんに、ビビってんだ」

 また二人の間に笑いが起きる。
 しかし、テルの声音が真剣味を帯びる。

「悩みは『仲間がらみ』なんだろ?」

 年月が経っても、テルは北条の全てをお見通し。
 年月が経っても、友情に終わりなし。

「俺が何で、ガキん時も今も、東京を制覇しないどころか、その気もねえか分かるか?」

「と、東京駅が迷路みたいで、迷子に……」

「北条、お前がいるからだ。お前には一生、敵わないと思った。この俺が、だ。お前は頭で考える必要はねえ。お前の全身が、お前の脳味噌だ。お前の気持ちのままに体が動く。自分の動きを信じろ。とことんまで信じ抜け。俺は信じ抜いた。だから後悔のない、今の自分がいる。悔しいが、お前のお陰だ」

 遠く離れた親友が、背中を押してくれた。
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