第12話 「更生組」って知ってる? 知らんよな?

文字数 1,929文字

 翌日。

 福井の春は短い。
 長く冷たい冬が終わった後、少し顔を覗かせる程度だ。
 次いで、ダラダラと梅雨が続く。
 そして、紫外線たっぷりの猛暑の夏が襲う。
 そんな夏が通り過ぎると、紅葉をチラ見させて秋が終わり、積雪つきの長い冬の到来。

 福井は横に長い県で、北と南に分かれる。
 それぞれ嶺北・嶺南と呼ばれる。
 嶺北と嶺南では、気候すら違う。
 嶺南は関西よりで、天気予報は近畿北部を見る。
 嶺北ほど、雪が降らない。

 嶺北の人間が福井弁を使う。
 同じ県民でも、嶺南の人間が嶺北の言葉――福井弁を聞いた際の驚愕率、圧巻の十割。

 語尾の独特の発音に、嶺南の人間は眉を寄せる。
 小寺と上杉は生粋の福井県民。
 だが嶺南出身なのか、福井弁はない。

 嶺南でも二種類に分かれる。
 関西弁を話す者と、『方言の真空地帯』で標準語を話す者。

 北条の福井の印象は、『灰色』だった。
 全てが中途半端で曖昧。
 暗く、出口が無い。
 今春、福井県警に飛ばされたばかりの北条は、梅雨の気配にゲンナリしていた。

 (福井に、春なんてあんのか?)

 愚痴る北条は今、県警地下駐車場にいた。
 明智から言われた集合場所だ。

 気配を感じて振り返ると、明智が後方からやってくる。
 スーツと革靴で決めている。

 「随分、シャれこんでんな」

 「勝負の日やでの」
 
 明智が煙草を一本、口にくわえる。
 使い古されたジッポで、火をつけてやる北条。

 「昨日、言ってたろ? お前、『更正組』だって。どういうこった?」

  北条が聞くと、明智は前を向いたまま一服吐き出す。

 「児童虐待ってやつや。あいつら、親なんかじゃなかったのう。ただのサディストどもや。それで、遂に児童相談所が動いたんや。そっから、施設暮らしやったんやのう」
 
 遠い目をした明智が、淡々と続ける。

 「その後、とんでもねえヤンチャしでかしては、施設の支援員、泣かしとったんやのう」

 覆面にもたれポケットに両手をつっこみ、くわえ煙草の明智。
 北条は黙って煙草をくわえる。
 横から無言で、これまた使い古されたジッポが出てくる。

 「わりい」

 明智のジッポから火をもらう北条。
 深く吸い、ゆっくりと紫煙を吐く。

 「補導されまくりや。そしたらいつの間にやら、しょっぴく側になっとったんやのう」
 
 明智が苦笑する。
 だが、その目は笑っていない。

 「拝命してからは、お勤め頑張ったわ。お陰さんで、ハムに配属や。ハム落ちで生安に左遷されても、ごっそごっそとチャカ摘発しとるしのう」

 泣き笑いに見えた北条が、視線をそらす。
 更正組には、更正組にしか分からない事情がある。
 通じ合える気持ちがある。

 「一人目は、俺の『バディ』を殺したんだ」
 
 くわえ煙草の北条が前を向いたまま、ボソッともらす。

 特殊部隊は二人一組が基本。
 バディとは、その相棒を指す。

 「え?」

 聞き返す明智に、北条が続ける。

 「当時、十六歳だった。バスジャックだ。俺達SATが突入した」
 
 一旦言葉を切った北条が、紫煙を吐き出す。
 くわえ煙草で前を向いたままの明智。

 「トラックのフロントが、一番深く突き刺さったトコだった。何とか一人は通れた。俺のバディだった柴田って奴が、そこを通過して……通過して……」
 
 北条のくわえ煙草が食いちぎられる。
 歯をくいしばって、話し続ける北条。

 「バスジャックした十六歳のガキに殺された。喉に、出刃包丁が深々と突き刺さってた」
 
 フィルターを吐き出す。

 「俺だけじゃなかった。真田って隊員も撃った。二人仲良く査問委員会。そっから、渡り鳥異動が始まりやがった。それでも、奇跡みてえな軽い処分だ。ただ……真田は行方不明だ」

 北条が新しい煙草をくわえる。
 明智がくわえ煙草を、北条の方に向ける。

 明智の煙草から火をもらう。
 しばらく二人は、黙って自分達が吐き出す紫煙を眺めていた。

 「二人目は、桜田門のSITにいたときだ。相手は……連続少女誘拐暴行殺人犯……クソったれだよな。十七歳の谷岡ってガキだった。包囲網は完璧だった。けど、一人がミスって……。誘拐して暴行した六歳の少女を谷岡が人質に取りやがった。喉元に、これまた出刃包丁押し付けてよ」

 北条の目が、虚空の一点を睨みつける。

 六歳の少女は、知的障害を持つ妹にソックリだった。
 だがどうしても、それは話す気になれない。

 未だ二人の少年射殺に苦しみ、彼等の名前が思い出せない。
 それも、言葉にならない。
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