第37話 さて問題。ロッカーに入っていた3つのアイテムは?

文字数 2,034文字

 明智の思いを、北条は受け止めた。

「分かんねえことだらけだった。指示がテープになった時点で、山本は木島じゃねえって気付いただろ? 脅迫されてもよ、大人しく協力するか? しかも、テープなんて証拠残りまくりじゃねえか。コピーガードだあ? んなもん、簡単に録音出来る。再生したやつを録音すりゃいい。山本は絶対に録音してたはずだ。絶対に保険はいるからな」

 一拍置いて、北条レポートは続く。

「山本は何で、罠の可能性が三百パーセントの喫茶店呼び出しに応じたんだ?」

 どこから説明すればいいか、考え込む明智。
 北条には、真相を知ってほしい。
 なぜ自分がそう思うのか、明智自身、答えは見つからない。
 見つけようとすると、県警地下駐車場で、北条が忌まわしい過去を赤裸々に語ってくれたシーンが浮かぶ。

 質問したが、北条は答えを上杉から聞いて知っている。
 いや、聞く前から分かっていたはず。
 山本から明智がテープと『鍵』をスったのを、北条は見抜いていたから。

(逃げてたのか、俺? 同じ更正組がクロだって事実から、目え逸らしてただけじゃねえか。俺の牙は、抜けちまったのか?)

 そんな二人を見て、上杉が語り始めた。

「明智。山本は金を要求しただろ?」

 明智が頷く。

「そや。見返りの金だけは譲らんかったのう。しゃあないから、あいつが指定した口座に振り込んだんやのう。それが、何か関係あるんか?」

 頷いて、上杉は説明を再開する。

「山本の切り札は、テープのコピーだ。切り札を持ち歩く馬鹿はいない。厳重に保管するはずだ。だが、それを保管した『鍵』は持ち歩くしかない。住居(ヤサ)に置いておこうものなら、いつ盗まれてもおかしくない」

 北条は虚空を睨んだまま微動だにしない。
 明智は顔こそ上げているが、視線は床に落ちている。
 そんな二人を見ながら、上杉が続ける。

「その鍵は形状からしてロッカー用だった。だが、持ち手の部分が削ってあった。どこの鍵か秘密にするためだ。当然の処置だ」

 普段は外部に秘匿保管してあっても、逃亡時は容易に取り出せるのがベスト。
 行き着く結論は、逃亡の動線上にあるのが、キング・オブ・隠し金庫。
 これで答えが出る。
 鍵は、駅のコインロッカー用だ。
 米原にさえ行ってしまえば、日本全国、どこでも逃亡できる。
 車は使えない。
 車社会・福井は、オービス天国・Nシステム天国。
 さらに原発があるので、顔面認識システムもある。

 そして、隠し場所をシンプルにするのは木島と同じ発想。
 ひねくれた連中は、ひねくれた場所を探す。
 捜索は駅に絞ればよかった。
 福井駅のロッカーなど、東京駅に比べれば物の数ではない。
 鍵に該当するロッカーは、すぐに見つかった。

「中には、三つの物が入っていた。何だと思う?」

 上杉が、北条と明智に問う。

「チャカ、金、煙草と酒」

 北条が真面目な顔で、救い難い答えを提示する。

「テープのコピーは確実やのう。あとは、逃亡資金。諜報員やったから、無線か何らかのモバイルってとこやのう」

 何の工夫もない答えだが、北条のそれを聞いた後では、明智が名探偵に思える。

「明智、一つ目は正解だ。保存されたSDがあった。お前からの指示が、全て録音されていた。お前の声だと、科捜研の結果が出た」

「あとの二つは違うんか? 逃亡に必要やろ。偽造パスポートや、暗号解読表か?」

ハムらしい答え。

「北条も明智も、間違えるのは無理もない。俺も、想像さえしていなかった代物だった。ロッカーにあったもの。それは、口座と日記だ」

 山本が綴った日記から滲み出る、彼の想い。
 山本は、もう解放されたかった。
 祖国に縛られた挙句、見捨てられた。
 祖国に残した家族のために闘ってきたが、その祖国に家族を皆殺しにされた。
 木島を通して協力していた日本警察が、自分を殺そうとした。
 絶望した山本はしかし、生きる道を選んだ。
 見知らぬ地で別人になり、新しい人生を始める為。

「何で諜報員が、日記なんて残すんやろ」

 俯いた明智がもらす。
 的を射た疑問。
 答えたのは、意外にも北条だった。

(日記は見てねえが、何か分かるぞ)

「自分が殺られる予感があったんだろ。明智、お前じゃねえ。山本を轢き殺した奴にだ。北の諜報員が、殺られる予感がする相手――同じ北の工作員だ。それも、飛び抜けて腕がたつ野郎。そいつの足音が聞こえた。だから誰でもいい。自分の本音を知ってほしかった。違うか、上杉?」

 見事に正解らしい。
 だが、そんな北条を見る上杉の目は、宇宙人を見るそれだった。

(違う! 俺は小寺課長とは違う!)

 山本が、何とかこの国で生きようとした理由。
 その答えは、通帳だった。
 払戻歴、一切なし。
 入金だけの通帳。

 その名義は……木島カンナ。
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