第11話 オサレ上杉兄さんにボコられた

文字数 932文字

 上杉が瞬間移動した。
 明智の目には、そう映った。
 もはや、目で追える速さではない。

 上杉が鮮やかなステップを踏みながら、五月雨のようにジャブを放つ。
 それは面白いように、北条の顔面を捉える。
 北条に体勢を立て直す時間をあたえない、鮮やかなフットワークと精密なジャブ。

 前傾姿勢で半身になり、右手で顔面と上半身を守っている。
 明智の目から見ても、素人ボクシングではない。
 北条が強引に前に出るや、そのボディーに腰を捻って拳を叩き込む。

 「ゴブッ」

 聞いた者も吐きそうな苦悶が、北条の口から洩れる。
 ボディーをやられた北条が前のめりになる。
 上杉は迷うことなく、アッパーを放つ。
 顎に拳を叩き込まれた北条が、真後ろに倒れこむ。

 上杉はやや汗をかき、少し息が乱れているだけ。
 圧勝だった。
 
 道路に『大』の字に倒れこんだ北条。
 上杉の腕っ節に、明智は放心状態だった。

 上杉が覆面に戻ってくる。
 そのまま後部座席を開けようとして――凍りついた。

 「この程度か、貧弱君」

 上杉がゆっくり振り返ると、ニヤニヤ笑った北条が真後ろに立っている。

 (顎を打ち抜いた! 脳が大地震のように揺れたはずだ!)

 上杉が驚愕に襲われる。
 足元から恐怖が這い上がってくる。
 恐怖に支配される前に、戦わなければ……。

 上杉が北条の体に掴みかかる。
 だが明智が二人の間に、強引に割り込んで怒鳴る。

 「今日はもう解散や! こんなんで捜査できん! 明日、博打を打つ! 帰るで!」
 
 キツネ目で怒鳴られる凄みに、二人はすごすごと車に戻った。
 


 明智が止めに入ったとき――

 (貧弱上杉、明智のタバコを『スり』やがった。他人様の煙草を箱ごと『拝借する』のはご法度だ)

 しかし声を大にして、北条は上杉を攻撃しない。
 上杉の『知性』は、認めるしかない。
 手癖も悪くないだろう。

 その行動に、何か意味があるのか?
 考えたところで分からない北条は、さっさと思考を放棄する。
 明智の怒りに、これ以上油を注ぎたくないし。
 キツネに化かされそうで怖い。
 北条はやっぱり、ダンマリを決め込むことにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み