第９４話 最強最悪スパイを狩る方向でよろしく
文字数 1,989文字
下っ端刑事が刑事部長室に慣れる。
刑事部長直々の下命さえも。
徹底した階級社会の警察では有り得ない奇怪な現象。
無論、この異常事態の渦中にいるのは北条だ。
けれど、今回は相手が違う。
警備部長――浅妻。
警備部長室内にいる顔ぶれは、北条と上杉、レナ。
いつもの三人。
その三人が、直立不動の姿勢を維持するのに難儀していた。
真夏。
人間は恒温動物。
冷房はかかっていない。
部屋は閉め切られている。
今この時点で、熱中症や脱水で倒れても不思議ではない
しかし三人は、体温の急激な降下を感じていた。
悪寒さえも。
おどろおどろしいスカルが背中に刺繍された半袖のＴシャツに、ネイビーのカーゴパンツ姿。
北条は後悔していた。
『正装を』などという愁傷な後悔ではない。
（皮ジャン着てくりゃ良かった。あれ、ライダー仕様だから冬でもバイク乗ってて寒くねえしなあ）
陳腐な北条の愚痴を、平板な音声爆弾が木っ端微塵にする。
「特命を命じる」
仮面の方がまだ表情豊かな顔の持ち主・浅妻が下命する。
「任務の内容は、パク・ウンス大韓民国国家情報院・副理事官が説明する」
（ゲッ！ ＫＣＩＡかよ！ 暴走組より、やりたい放題の奴等じゃねえか。しかし浅妻、あんな長い所属と階級、よく噛まずに言えるな。相変わらず棒読みだけど。どっかにカンペあんじゃねえか？ 俺でも覚えられねえって）
北条の浅妻論は無用だが、大韓民国国家情報院――ＫＣＩＡについてはその通りだった。
（ＫＣＩＡの副理事官ということは、大佐級か。中身は話を聞いてからだが……あいつ等のことだ。好き勝手やるに決まっている。しかし副理事官が、わざわざ派遣されてくるとは。タイトな特命になるな）
上杉の正確な分析。
（ＫＣＩＡ？ 『格好いいＣＩＡ』の略なんか？ まあ、何でもええわ。ほんでも、説明する言うたけど、どこにおんねん？）
レナの素朴な疑問。
「では説明する」
背後から唐突に発せられる声。
三人が虚を衝かれる。
いつの間に背後にいた？
まさか初めから？
北条から能天気が吹っ飛ぶ。
上杉の悪寒が悪化する。
レナはなぜか闘志の炎を燃やす。
「パクだ。ＩＣＰＯ（国際刑事警察機構）に出向中だが、本件について日韓の要請により派遣された」
三人の動揺など微塵も考慮せず、淡々と自己紹介する。
顔に刻まれた皺、節くれだった手。
年の頃は、四十代後半ほどか。
ダブルのスーツが、筋肉で盛り上がっている。
慎重は百九十センチ以上あるだろう。
面長の顔に、細く鋭い目。
朝鮮系には珍しい、彫りの深い顔立ち。
日本語は堪能を通り越して、完璧の域に達している。
「諸君には、キム・ガンスの身柄を確保してもらう」
（キム・ガンス？ 誰だそれ？ あ、上杉の顔が引き攣ってやがる。てことは、ロクでもねえ野郎か……何か、ヤな予感）
北条の猛獣の勘は、脅威の的中率十割を誇る。
（キム・ガンス？ 流行りのＫ―ＰＯＰアイドルかいな。ウチ興味ないから、どうでもええわ）
とんだ勘違だったと、レナはすぐに思い知ることになる。
仏頂面の北条。
深刻顔の上杉。
他人事のレナ。
一言も発しない三人。
それを見て、パクは勘違いしたらしい。
「キムのことは、色々耳に入っているだろう。だが噂やデマに惑わされるな。偵察局工作員は、情報操作にも長けている。今からキムに関する正しい情報を伝える。ただし、以後伝えることは最高機密だ」
（おいおい、偵察局って言っちゃったよ。ていうか、また偵察局かよお。梅雨に戦ったばっかなのに。アジア最強の連中、大安売りじゃねえか）
北条の感想通り、北の偵察局工作員はアジア最強。
朝鮮人民軍総参謀部偵察局。
ＣＩＡ、Ｍｉ６、モサドなどと肩を並べる軍事諜報機関。
五個偵察大隊と数十にのぼる作戦基地を保有している。
情報収集は無論、その他に重要施設の偵察・破壊、要人の拉致・暗殺も生業としている。
「おいおい待てよ。話をそう早く進め過ぎんな」
「ほや。お初にお目にかかるんやから、まず自己紹介や！」
（頼むから黙ってくれ、お馬鹿コンビ！）
警視正の警備部長。
ＩＣＰＯが派遣したＫＣＩＡの副理事官。
翻って。
馬鹿が服着て歩く野生動物。
関西弁がやかましい体育会系娘。
（立場をわきまえろ！ いや、自分という人間を見詰め直せ！）
鬼の形相の上杉。
だが、天と地ほどの身分の差が幸いしたのか、浅妻もパクも全く意に介していない。
「自己紹介は俺もするのか？」
思わぬ所から矢が放たれる。
浅妻の平板な問いかけ。
三人全員が、もげるほど首を横に振る。
刑事部長直々の下命さえも。
徹底した階級社会の警察では有り得ない奇怪な現象。
無論、この異常事態の渦中にいるのは北条だ。
けれど、今回は相手が違う。
警備部長――浅妻。
警備部長室内にいる顔ぶれは、北条と上杉、レナ。
いつもの三人。
その三人が、直立不動の姿勢を維持するのに難儀していた。
真夏。
人間は恒温動物。
冷房はかかっていない。
部屋は閉め切られている。
今この時点で、熱中症や脱水で倒れても不思議ではない
しかし三人は、体温の急激な降下を感じていた。
悪寒さえも。
おどろおどろしいスカルが背中に刺繍された半袖のＴシャツに、ネイビーのカーゴパンツ姿。
北条は後悔していた。
『正装を』などという愁傷な後悔ではない。
（皮ジャン着てくりゃ良かった。あれ、ライダー仕様だから冬でもバイク乗ってて寒くねえしなあ）
陳腐な北条の愚痴を、平板な音声爆弾が木っ端微塵にする。
「特命を命じる」
仮面の方がまだ表情豊かな顔の持ち主・浅妻が下命する。
「任務の内容は、パク・ウンス大韓民国国家情報院・副理事官が説明する」
（ゲッ！ ＫＣＩＡかよ！ 暴走組より、やりたい放題の奴等じゃねえか。しかし浅妻、あんな長い所属と階級、よく噛まずに言えるな。相変わらず棒読みだけど。どっかにカンペあんじゃねえか？ 俺でも覚えられねえって）
北条の浅妻論は無用だが、大韓民国国家情報院――ＫＣＩＡについてはその通りだった。
（ＫＣＩＡの副理事官ということは、大佐級か。中身は話を聞いてからだが……あいつ等のことだ。好き勝手やるに決まっている。しかし副理事官が、わざわざ派遣されてくるとは。タイトな特命になるな）
上杉の正確な分析。
（ＫＣＩＡ？ 『格好いいＣＩＡ』の略なんか？ まあ、何でもええわ。ほんでも、説明する言うたけど、どこにおんねん？）
レナの素朴な疑問。
「では説明する」
背後から唐突に発せられる声。
三人が虚を衝かれる。
いつの間に背後にいた？
まさか初めから？
北条から能天気が吹っ飛ぶ。
上杉の悪寒が悪化する。
レナはなぜか闘志の炎を燃やす。
「パクだ。ＩＣＰＯ（国際刑事警察機構）に出向中だが、本件について日韓の要請により派遣された」
三人の動揺など微塵も考慮せず、淡々と自己紹介する。
顔に刻まれた皺、節くれだった手。
年の頃は、四十代後半ほどか。
ダブルのスーツが、筋肉で盛り上がっている。
慎重は百九十センチ以上あるだろう。
面長の顔に、細く鋭い目。
朝鮮系には珍しい、彫りの深い顔立ち。
日本語は堪能を通り越して、完璧の域に達している。
「諸君には、キム・ガンスの身柄を確保してもらう」
（キム・ガンス？ 誰だそれ？ あ、上杉の顔が引き攣ってやがる。てことは、ロクでもねえ野郎か……何か、ヤな予感）
北条の猛獣の勘は、脅威の的中率十割を誇る。
（キム・ガンス？ 流行りのＫ―ＰＯＰアイドルかいな。ウチ興味ないから、どうでもええわ）
とんだ勘違だったと、レナはすぐに思い知ることになる。
仏頂面の北条。
深刻顔の上杉。
他人事のレナ。
一言も発しない三人。
それを見て、パクは勘違いしたらしい。
「キムのことは、色々耳に入っているだろう。だが噂やデマに惑わされるな。偵察局工作員は、情報操作にも長けている。今からキムに関する正しい情報を伝える。ただし、以後伝えることは最高機密だ」
（おいおい、偵察局って言っちゃったよ。ていうか、また偵察局かよお。梅雨に戦ったばっかなのに。アジア最強の連中、大安売りじゃねえか）
北条の感想通り、北の偵察局工作員はアジア最強。
朝鮮人民軍総参謀部偵察局。
ＣＩＡ、Ｍｉ６、モサドなどと肩を並べる軍事諜報機関。
五個偵察大隊と数十にのぼる作戦基地を保有している。
情報収集は無論、その他に重要施設の偵察・破壊、要人の拉致・暗殺も生業としている。
「おいおい待てよ。話をそう早く進め過ぎんな」
「ほや。お初にお目にかかるんやから、まず自己紹介や！」
（頼むから黙ってくれ、お馬鹿コンビ！）
警視正の警備部長。
ＩＣＰＯが派遣したＫＣＩＡの副理事官。
翻って。
馬鹿が服着て歩く野生動物。
関西弁がやかましい体育会系娘。
（立場をわきまえろ！ いや、自分という人間を見詰め直せ！）
鬼の形相の上杉。
だが、天と地ほどの身分の差が幸いしたのか、浅妻もパクも全く意に介していない。
「自己紹介は俺もするのか？」
思わぬ所から矢が放たれる。
浅妻の平板な問いかけ。
三人全員が、もげるほど首を横に振る。
