第53話 変態関西弁婦警の交渉術が上手過ぎで、誘拐犯も俺達もサプライズなんだが?

文字数 1,272文字

 無線に飛ばされる電話の会話を聞くため、北条と上杉が片耳にイヤホンを装着する。

 スピーカーにはできない。
 観察眼のある犯人なら、背景音で複数人がいることがバレてしまう。
 ただし東署の本部は、会話は聞くだけの一方通行だ。
 そのため、会話全てがスピーカーから流れ、詰めている捜査員全員が聞ける。

「さつきちゃんを預かっている。早くお返ししたい。ここは託児所ではない。ついては、お宅までの送料をいただきたい。明日、一千万円で結構だ」

 マル被からの、身代金要求電話! 

その声は、電子音。  

北条と上杉は、一言も聞き逃すまいと聴覚に集中する。
技官二人は音を立てず、慣れた手つきで素早く機器を操作する。

(明日、か。とても包囲網は間に合わねえな。レナ、何とか延期させろ)

 北条が目でレナに伝える。
 レナも承知だった。

「さつきを誘拐したのは、あなた方ですか? さつきの声を……」

「最初に説明しておく。ニーズを出すのは、こちらだけだ」

「勘違いなさらないでください! 私はあなたに、何も要求する気はありません。さつきを無事に返してくれるのなら、何でもします。ご気分を害されたなら……」

 レナが、美和の資料を確認しつつ、心理戦を繰り広げる。

「送料を用意して、待っていればいい。明日、また連絡する」

 マル被が電話を切ろうとする気配を、北条・上杉・レナの全員が感じ取る。
 レナが技官二人に目を向ける。
 堀が顔を歪めながら、首を横に振る。
 深田は鬼の形相で、機器相手に奮闘している。

 逆探は、相手がかけてきた時点で即座に可能。
 出る必要もない。

(何だ何だ、どうした? これだけ会話あれば、充分じゃねえか?)

 北条の疑問は最もだ。
 時間稼ぎの必要はない。
 声は電子音だが、記録されている。
 マル被が電話を切ったあとでも、分析できる。

(ま、無理だろうけどな。こいつら、相当デキるじゃねえか)

 北条が持った感想が正解であることを、後に全員が痛感することになる。

 しかし、技官の反応と指示を最優先させなければならない。

「ちょっと待って! お金は分割にして!」

 レナが電話の向こうの相手に叫ぶ。

 管野夫妻と技官は驚いているが、北条と上杉は感心した。
 うまい!

「……何だって?」

「今、夫はトイレに行っているから言えますが……。何か勘違いしていませんか? 我が家は、裕福でも何でもありません。それに、夫には前妻への慰謝料もあります。それとご承知だと思いますが、原発の不祥事隠蔽で、お恥ずかしい話ですが、夫は減俸処分を受けています。それなのに、一千万円なんて……」

 予測不能の突拍子もないことを言い出して、まずマル被に電話を切らせない。
 その内容も、整合性が取れるよう、メディアによって表に出ている情報――この場合は、不祥事隠蔽――や、犯人も調査済みの可能性が高い事実――管野の離婚歴――を利用して、嘘をまことしゃかに語ってみせる。

完璧な交渉だ。
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