第20話 盛りがって参りました!←クズ発見

文字数 2,268文字

 北条が若造を失禁させる十五分前。



 明智は公園にいた。
 木島が娘のために闘っている公園。

 (ケリつけるんや……)

 それが自分の任務。
 それが自分の存在意義。
 
 明智が歩を進める。

 伸子とカンナ。
 ボランティア達。
 聴衆達。
 そして、木島。

 伸子が動く。
 笑顔で声をかけながら、チラシを差し出してくる。
 牽制。

 明智は周囲を窺い、人目が無いことを確認する。
 伸子の手首を捻り、足払いで倒す。
 下が土とはいえ、伸子の気道がつまる。
 これで声は出せない。
 それを見ていた木島が、カンナを抱いて駆け出す。

 明智は制止の声を出さず追う。
 『待て』と言って待つ馬鹿はいない。

 周囲の人間達は状況についていけない。



 六歳の少女を抱えた木島より、明智の方が早いのは至極当然。

 木陰で死角となった空間に、木島とカンナの姿が消える。
 一本の大木があった。
 その太い幹に、木島がカンナを隠す。
 木島が何も言わず、笑顔でカンナの頬に触れる。
 不思議そうな顔のカンナ。
 そして、木島が駆け出す。
 明智に捕まるのは、時間の問題。
 それでも、木島は走った。

 カンナから、一ミリでも遠く離れるために。

 父親が殺されるのを、見られないために。



 「明智!」

 その怒声に、走る二人の視線が向く。
 その先に、上杉がいた。
 上杉も走り出す。

 構わず走り続けた明智が、木島の腰にタックルする。
 二人が土の上で派手に転がる。
 倒れたまま揉み合う。
 揉み合っている二人に上杉が駆け寄る。

 「二人とも動くな!」

 上杉が鋭く制止しながら、二人を強引に引き離す。
 
 息を切らした明智が、木島から離れる。

 木島は、肩甲骨下部に鋭い刺激を感じた。
 痛みとは異なる感触。

 二人を完全に引き離した上杉が、木島の異常に気付く。
 発汗、息切れ、痙攣。
 上杉が心救命処置に入ろうとして――その手を止める。

 すでに、手遅れだ。

 その時、木島が最後の言葉を吐き出した。
 夫として。
 親として。
 刑事として。
 男として。
 最後の意地だった。

「キャ、キャノン……た、倒す。お、おれ、俺の、よ、ような、おと、おと、男が現れて」
 
 真っ青になる上杉。
 土の上に倒れこむ明智。

 いつの間にか、カンナがいた。
 父親をジッと見詰めるその幼顔に、太陽の笑顔は無かった。
 ひまわりが枯れかけたとき――伸子がカンナの目を手の平で隠す。
 伸子は息を乱していた。
 それでも、伴侶の亡骸から目を逸らさなかった。
 
 園内で、悲鳴が上がる。

 すぐに、警官達が来る……。
 福井県警・捜査一課特殊班捜査係の肩書きを捨てる時がきた。
 真の任務を果たすとき。
 決断した上杉の手が、木島に伸びる。



 覆面は全て出払っていた。
 北条は必死に公園まで走った。
 車社会の福井で車輛以外での移動は、肉体的にも精神的にも苦しい。
 だが、北条は走る。
 走らずには、いられない。

 また、死んだ。

 山本は『守り抜く』と言った直後。

 木島とは、一言も言葉を交わさないうちに。

 北条の脳裏に浮かぶ、木島一家。
 凛とした伸子。
 太陽の温もりのような笑顔を持つ、ひまわり少女・カンナ。
 そして二人の防波堤、強く優しい夫にして父親・木島。

 木島がクロかどうか。
 どうでもよかった。
 自分が関わった人間がまた……。



 公園が見えてくる。
 警察車輌やテレビ局のワゴンで道が塞がれている。

 北条は地面を蹴った。
 人外の跳躍力で、テレビ局のワゴンの屋根に飛び乗る。
 そのまま、次はパトカーと覆面の屋根を蹴りながら跳んでいく。
 制服警官の制止の怒声を無視して。

 園内に飛び降りる。
 現場はすぐに分かった。
 ブルーシートで四方を囲まれているから。
 その内外を鑑識課員や刑事、制服警官達が慌しく動き回っている。

 北条が現場に向けて駆ける。

 北条の顔は、色々な意味で売れている。
 だが、現職警察官の死亡で警官達は殺気立っていた。
 その目に、疾走する北条はヤク切れのチーマーにしか見えない。

 「止まれ!」

 ガッシリした体格の機動捜査隊(機捜)班長・片山が怒声を上げる。
 北条が止まらないことを見越した片山が、北条の腰めがけてタックルする。

 パワー、スピード、角度。
 全てが完璧。
 ラグビーか柔道、もしくは双方の経験者だろう。
 両腕で北条の腰をロックしょうとした瞬間。
 北条が、消える。

 北条は視界の隅で、片山を捉えただけ。
 視線は、ブルーシートに固定されたまま。
 ゆえに反応したのは、脳でなく肉体。
 片山にタックルされる直前、またも人外な跳躍力で空中へ。
 降下し、片足で片山の左肩を蹴り、さらに遠くへと跳び下りた。
 後方で、片山の鎖骨が砕ける鈍い音がする。
 それを無視して、北条は駆けた。

 「北条! そこまでだ!」

 上杉の制止で、北条が止まる

 「鑑識が作業中だ」

 上杉が、体を入れて北条を止める。

 鑑識作業が終わるまで、誰も『現場』に入れない。
 しかし、それは問題ではない。
 先程、北条に連絡してきたのは上杉だ。
 現場にいたと。
 ならば、上杉から洗いざらい聞けばいい。

 まず根本的なこと。

 「上杉。何で、お前はここにいんだ?」
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