第36話 大国+時計屋とカメラ屋+ノート=北条

文字数 1,926文字

「分かんねえのは監察だ。沼津のオッサンが使えねえだけか? それにしたって、俺よりヤル気無さ過ぎだ、監察」

 北条の疑問に答えたのは、上杉だった。

「銃火器の横流しは、県警内部なら何とかなる。それを取り締まる監察が、横流しに一枚噛んでいればな。ただ、沼津のことだ。痕跡はキレイに消してあるだろう」

 銃火器横流し自体に、監察が絡む? 
 北条は信じられない。

「レコーダーが空なのは視認した。隙をついて、お前が回収したテープと、必ずあるはずの『鍵』を狙っていた。もちろん『回収』した。お前からな」

 山本の心肺蘇生で明智と接触した、あの瞬間。
 あの一瞬で、上杉はお目当てをスッた。

「ある建物の屋上から、軍事用スコープで山本の追跡を観察していた。お前が山本の遺体から、テープと『鍵』をスったのが見えたからな」

(観察だと? 人が走ってる時に、高見の見物か!)

「俺をコロシで起訴するんか? 不可能なんやのう」

 やっと聞き取れるほどの声。
 明智のそれは、独り言のようだ。

「田舎県警のバカ殿どもが、どんな圧力かけようが、俺様なら……」

 北条の気合を完全無視の上杉と明智が続ける。

「お前だけじゃない。ハムにも罪は償わせる。……お前達『帝国』と『キャノン機関』にも」

「やっぱりあんた『フォート』やったんか」

(タイコク? キャノンってカメラ屋か時計屋だろ? んで、ノート? 何だそれ?) 

 北条の疑問をよそに、上杉と明智のやり取りは続く。

「ハムは木島を抹殺しようとした。銃火器の横流しは早晩、マスコミに洩れる。そうなる前に、生贄が必要だ。木島はうってつけだった。木島のSも、もう使い道はないとハム上層部、いや『帝国』の奴等がそう判断した。そして、お前に殺害命令を出したんだろ。『キャノン』のお前に」

「おい!」

 北条がいきなり叫ぶ。
 上杉も明智も、体が一瞬痙攣するほど驚く。

「説明が長えんだよ! ちょっと眠くなっただろうが! タイコク、時計屋だかカメラ屋にノート? 何もんだ、そいつら?」 

「北条。『帝国』と『キャノン機関』、『フォート』について、今、お前が知るのは早過ぎる。どのみち、お前はとっくの昔にその渦中にいる。すぐに、イヤでも分かる」

 威勢よく怒鳴った北条に、上杉が厳かに告げる。

「北条、居眠りしていていい。明智、よく聞け」

(居眠りだあ? バカにすんなよ上杉! こんな緊張感あふれる場でだな……難しい話ならヤベえ……)

 上杉が木島家を訪ねたその日。
 伸子の許可と協力の下、上杉が調べたのは、『木島の訛り』だけではなかった。

 もう一つ調べたもの――木島の部屋。
 木島がこれまでハムで見聞きしたこと、実際に行った作業が、実名入りで全て記録されていた。
 さらに、ハムの裏金使途についても。
 木島にとって、それは保険であり最強の武器だった。
 妻と娘を守る為の。

「アホな……。そんな記録はどこにもなかったんやのう」

 明智が、疲れたような声で否定する。

「お前等ハムは、木島の自宅に不法侵入して、徹底的にガサかけたんだろ? 木島の記録はどこにあったと思う? パソコンのデスクトップに貼り付けてあった。フォルダ名は『ハム記録』。ハムは何でも、裏・裏・裏だ。同じハムの木島は、だから隠さず、目につくところに記録した。それも、ストレートなタイトルでな。『裏』を生業とする人間達が、絶対見つけられないと確信したからだ」

 ハムは、捜査員一人一人が自営業者のような組織。
 直属の上司でも、捜査員の諜報任務全てを把握していない。

 刑事部は自治体警察。
 ハムは、警察庁警備局の直轄部隊として動く国家警察。
 この違いは、現場に直接反映される。
 これを利用して、木島は秘密裏に動けた。
 ハム自体を探れた。

「山本をSにしとるだけで、木島は凄い奴やと思っとったけど……。ここまでとは。ホンマに、ホンマに凄い奴やで。強いハムなんやのう」

「強い夫だった。強い父親だった。だから、お前等は木島に勝てない」

 (お、静まり返った。何か気まずくね? こういうの苦手だぜ、おい)

「北条、お前も色々疑問に思い、お前なりに調べたんだろ?」

 気まずさで挙動不審な北条に、上杉が話しをふる。
 『寝ていい』と許可した割に、居眠り防止の効果を求めて。

「おい、そろそろ、タイコクだのノートだの……」

「聞かせてや、北条。お前がよう分からんかったこと。ほんで、お前が辿り着いた真相。俺はお前の口から聞きたいんやのう」

 表情は弱々しいが、その目には力が宿っている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み