第49話 被害者のママが美人過ぎて鼻の下伸ばしてたら、婦警がブチ切れた

文字数 1,281文字

「管野さんを恨んでいる人間に、心当たりはありませんか?」

「原子力に反対するアホども、全員や」

 初めての管野の言葉が、発した人間の性格を雄弁に物語る。

(お前を嫌いな奴は多分、三桁はいるぞ。自分で気付いてねえのか?)

 自分の教養の無さを自覚していない北条が、ソッと皮肉る。
 その時、車のバック音が聞こえた。
 管野の妻・美和が帰宅したのだろう。
 
 この家は広いが、駐車スペースはリビング近くにある。
 ただし正面玄関は裏口同様、リビングから遠い。
 駐車してから屋内に入るのに、随分不便だ。
 
 概観・内装・家具のセンスは抜群なのに、やたら広くて、曲がり角が多い。
 防音も屋内の音を殺すだけで、屋外の音は割と聞こえてくる。
 北条は、得体の知れない矛盾に悩まされていた。
 
 だが、それは一気に吹っ飛んだ。
 
 菅野の妻、美和が現れたから。
 
 後ろに流れる、ボリュームと艶のある黒髪。
 富士額に、整った鼻梁。
 ポッテリとした唇にひかれた、淡いルージュ。
 小さな耳には、星の如く輝くイヤリング。
 身長は、百七十センチはあるだろう。
 シルクのノースリーブを鋭角に突き破らんばかりの、大きなバスト。
 その上に羽織っている、淡いピンクのカーディガン。
 それをすり抜けて漂う、男殺しの夭折なフェロモン。
 見事にくびれたウェストから伸びる脚は、上杉より長いかもしれない。
 桜をイメージしたフレアスカートのせいで、生で見ることはできない。
 だが、露出した顔や手の肌は、向こうが見えるほど、透き通っている。
 
 何より、目だ。
 長い睫毛に彩られた、きれいな二重の切れ長の目。
 涼しい目元。
 何色もの色が美しく混ざり合ったようなその色合いは、オーロラのよう輝きを放ち、魂が吸い寄せられる。

 ただ、それは一つだけだった。
 左目に眼帯をしている。
 その眼帯すら、美和の魅力を引き出すオブジェになる。
 何より、あの妖しくぬれた瞳は、一つで百万の男を殺せる。

(ああ、俺を殺して……)

 いい匂いがした。
 本当にいい匂い……本当に本当に、いい匂いだ。

 伸びきった鼻の下で、不敵に北条が笑う。
 (はた)から見れば、ただのスケベにしか見えないが。

 ガツッ!

 上杉越しに、レナが北条の足を思いっきり踏みつける。
 な、何だ、コラァー! とレナを見ると、鬼よりも鬼らしい形相。
 あまりの恐怖に、北条は我に返った。
 鼻の下が千切れるほど伸び、何と涎まで垂れている……。

「ただ今到着致しました。技官の堀です。こっちは深田。美和さんのお陰で、進入……御自宅に入れました」

 気まずい空気を、技官達の報告が消してくれる。
 堀、深田、お疲れさん。
 そして何より、ありがとう。
 北条は心から感謝の念を捧げる。
 
 (んでもなあ……。レナは何であんなにブチ切れたんだ?)
 
 北条のギネス級な鈍感など誰も相手にせず、菅野から無愛想な許可を得て、五人の捜査員が対誘拐の各種機器の設置に取り掛かかる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み