第21話 亡霊みたいな婦警さんもエロくていい。うん、イイ。

文字数 1,587文字

 現場百遍。
 刑事の基礎。

 『基礎だ応用だはクソくらえ! 俺の勘は百発百中!』の北条。
 が、山本の轢き逃げ現場に立っていた。
 夜空に星が輝くこの時間、冷気がスカジャンを貫通する。

 北条が蒸気機関車のような溜め息をつく。
 吐息は白くならないが、外気は関係ない。
 北条の『中』が冷たくなっていた。

 後ろの暗闇から、ひっそりと影が忍び寄る。

 「今日は、何の邪魔しに来たん?」

 「登場の仕方、幽霊より幽霊らしいな」

 そう言って振り返った北条が、レナの顔を見る……悲鳴を必死で噛み殺した。
 幽霊の教科書のようなレナが、暗がりにヌッと佇んでいる。

 皮膚にベタリとまとわりつく髪。
 落ち窪んだ眼窩は充血し、その下にドス黒い隈ができている。
 人間の生き血を欲してやまなげな、ひび割れた唇。
 アイロンという文明の利器と無縁の皺だらけの制服。

 「お、お疲れさん。何か……大変そうだな、ネズミ捕り」

 引き攣った笑顔の北条に、澱んだ視線を送ってレナが応じる。

 「もうノルマなんか、達成できへ~ん。達成できたら、刑事昇格やったのに~」
 
 レナの震える声に、北条の体が震える。
 だが。
 元々、化粧は濃い方ではない。
 水もしたたるいい女。
 雨に濡れたレナが発する、妖しい女の色香。

「トンヘーショイヤァ!」

 掛け声とともに、北条が股間を殴る。
 激痛で悶絶する。
 レナの顔に浮かぶ『ワレ、ヘンタイハッケンセシ。オクレ』。

 「け、刑事希望なんだ、ハハハ……」

 北条の、場を取り繕う笑い声が空疎に響く。

 「うち~、性犯罪捜査官の資格あんのや~。警視庁で、SITの訓練も受けたんや~」
 
 一九九六年から、警察庁長官の鶴の一声で、性犯罪の被害者対策が始まった。
 その目玉は、捜査員以外で指定された婦人警察官を事情聴取や被害者との連絡業務担当者に鍛え上げること。
 
 SITも、推薦を受けた婦人警察官を訓練する。
 誘拐事犯では、どうしても母親役・娘役が必要なこと。
 犯人確保の最大のチャンスである身代金受け渡しの際、包囲網を作り上げるのにも女性が必要なこと。
 屈強な男だらけでは、誰も近寄らない。

 レナがそれらの訓練を修了していることは、今の北条にはどうでもよかった。
 雷と注射より恐い幽霊レナに、すでに足元が震え出している。
 
 だが。
 雨でレナの制服は濡れている。
 濡れた制服が肌に吸い付いている。
 胸部の熟れた果実が、その巨大さを激しく強調している。
 北条の股間が、レナの胸部の主張に共感しょうとしたとき。

「アイトゥオッー!」

 北条が股間を殴りつける。
 激痛で悶絶する。
 幽霊レナの顔に浮かぶ『キッショ!』。

 「で、でもよ。刑事なんてロクなことないぜ?」

 本音だった。
 
 上杉から、公園で聞いた話。
 それは上杉が、公園で見聞きした内容だけではなかった。
 
 『顔面認識システム』は、デジタル画像から人を自動的に識別する。
 当初はブラックリスト掲載者が入国できないよう、税関に配備された。
 税関を所管するのは財務省。
 財務省に出向した警察官僚が目をつけ、こっそり警察に持ち帰った。
 今では、主要道路・危険区域に配備されている。
 原発銀座と呼ばれる福井には、他自治体の何十倍も配備されている。
 警察のそれが特徴的なのは、ブラックリスト掲載者だけではなく、犯罪に関わる『物』も認識することだ。

 山本を轢き殺した車輌は盗難車輌だった。
 顔面認識システムは、即座に反応した。 
 どんな手を使ったのか、上杉はハムが秘匿運用している顔面認識システムの記録を見た。
 そして、北条が銃器対策室の若造から聞き出した内容。

 これらから、結論は出た……。 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み