第64話 捜査一課長の正体が宇宙人だとバレた日

文字数 1,705文字

 そんな愚かなホ乳類ヒト科を救ったのは、やはり宇宙人だった。

「お二方は、犯人をご存知なんでしょうねえ。おや、表現がちょっとアレでしたか。言いかえれば、犯人達がどんな存在なのかををご存知なんでしょう。最低でも、この事件の背景を」

 小寺が、ズズズッと茶を啜りながら、ノンビリと言う。

 殺気と恐怖はきれいさっぱりなくなり、代わって静寂が人類に舞い降りた。

「ですが、お二方を拷問しても、決して教えてはくれんでしょうなあ。お二方とも、鍛えに鍛え上げられています。そして何より。情報をゲロすれば、お二方は、間違いなく殺されるでしょう。下手したら、お二方の家族さえも」

 飛沫一つ立たない瞬間が存在した誘拐指揮本部は、これが日本警察史上、最初で最後だろう。
 武田はソッと隣の二人組を見た。
 俯いて、冷や汗をかいている。
 小寺の発言は正しかったわけだ。

 小寺が目をしょぼしょぼさせながら続ける。

「公安の精鋭の方々が、千人単位でお越しになるとは。キンパイ。CD配置。福井から伸びる鉄道の中部・関西・関東圏の駅全て、高速道路のサービスエリア、インター、国道・県道・市道・裏道。全てに警官を配置できる。お二方のお陰です」

 CD配置は、金融機関のATMに刑事が張り込むことを指す。
 身代金を振り込みにしたケースへの対処法だ。

(小寺、やるじゃねえか。乗り込んでくるのはハム。直接指揮を下すのは、サッチョウか桜田門の幹部。ただし、パイプ役は必須。今川・小早川の二人組は雑魚だが、調整能力は抜群だと中央のお偉方は判断したんだろう。だからパイプ役として配置されたってわけか。
小寺の先程の発言で、パイプ役の二人組の生殺与奪はこちらが握ったが)

 しかも、小寺はポイントをついた。
 キンパイやCD配置は、何人いてもいい。
 CD配置には、金を下ろせるコンビニも含まれる。
 しかも交通機関への投入は、明日走る電車全てに刑事を乗せ、道路を何十台規模の覆面で流すということだ。
 つまり、対誘拐の現在の班割り自体は、変更させる必要がない。

(せいぜい、ハムどもをこき使ってやるさ)
 
 武田がサディスティックな笑みを顔に浮かべる。

「ま、数は多過ぎるんですけどね」

 武田はひっくり返りそうになった。
 猫背の小寺は、マイペースでボソボソと続ける。

「何だか二つの勢力があって、それぞれに思惑がある。その思惑に従って福井に人員を送り込むうちに、それがエスカレートして、送り込み合戦になった。その結果、人員がここまで膨れ上がった」

 武田、二人組、指揮本部の何人かが、ギクリとする。

「まあ、私の単なる戯言なんですけどね。何の根拠もない、ただの想像ですから、皆さん、聞き流してください」

 言葉を発する者、動く者は誰一人いなかった。
 小寺一人が茶を啜っている。

 小寺は、帝国やその実働部隊であるキャノン機関にも属していないはずだ。
 洞察力で、二大勢力の暗闘を見抜いたというのか……。

「あら、お茶がなくなっちゃった」

 小寺がお茶を汲みに立ち上がる。
 自分でお茶組をする警視は、これも小寺が最初で最後だろう。
 今日は警察歴史記念日。

(あれだな、一応部長として、部下の小寺を牽制しておくか。大勢の部下の前でもあるし)

 武田が、権威維持のため、故意に部下達に聞こえるよう、大声で牽制球を放る。

「小寺、お前、兄貴いたな。例の大阪で思いっきり汚職やってる府議会議員。まだしぶとく当選して、議員バッジつけてるのか?」

 全員の驚いた視線が、小寺に集中する。
 よしよし。
 だが、人類の浅知恵など地球外の生物には通用しない。

「ええ、そうなんです。昭和チックに、公共事業で業者の方から賄賂をもらっているんです。巧みに大阪地検特捜部の捜査を易々とすり抜けるんです。証拠をも残しません。困ったものです」

 ちっとも困っていない様子で、ポットに向かう小寺。
 二人組、捜査員達がフリーズする。
 武田も言葉がなかった。

 アイツは、アイツは……アイツは――宇宙人だ。
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