第80話 宇宙人が福井県警捜査一課長だと会議でも戦争勃発

文字数 3,109文字

 疲労とマル被自爆のショック。
 夜の本部会議は重苦しい雰囲気に包まれている。

 これから行う奇襲。
 その計画は、小寺と詰めてある。
 しかしその発起人である武田自身、重苦しさを感じる。
 雛壇の空席二つに目をやる。
 その空席に座る二人が、やっと戻ってきた。
 疲労困憊した様子で、今川と小早川の二人が空席に座る。
 武田が小寺に目配せする。
 小寺がはにかむ。

(な、何だ? ゴーサインでいいのか? もっと、人類に分かりやすいサイン出せよ……)

「報告の途中で悪いが、こちらも報告がある」

(何て間抜けなセリフなんだ、まったく。地球外生命体と絡むと調子が狂っていけねえ)

 全捜査員の視線が、武田に集中する。
 どの目も、疲労と敗北で澱んでいる。
 誘拐犯逮捕のたった二つの方法――逆探と身代金授受現場逮捕の失敗。

「おい! そんなシケた面してんじゃねえ! ご苦労だったのは電車の後始末だけだ! お前等の本分がまだ残ってるだろ!」

 『また部長殿の喝ですか』。
 刑事達の顔に浮かぶ『ウンザリ』。
 だが、武田はひっくり返す。

「『逆探は成功してた』んだよ!」

 捜査員の顔から表情が消える。
 理解できないのだ。
 仕方ないことだが。
 
 二人の捜査員だけが、少し動いた。
 周囲に気付かれぬよう。
 

(やれやれ。やっぱ間違いねえか。ここまで『キャノン』を浸透させてやがる)

 心中で毒つきながら、武田が説明を始める。

「最初のマル害への電話から『当り』だったんだ。音声変換ソフトを使って、パソコンから電話した脅迫電話の現場は、『ここ』だ」

 先程の二人が動いた。

 一人は、本部中央・左端のシマにいる後方支援班、四十前の警部補である刈谷。
 もう一人は、本部最後尾・右端のシマにいる下見班、三十代後半の巡査部長である篠塚。

 刈谷が立ち上がりながら、懐から拳銃を抜こうとする。
 が、抜けない。
 すぐ背後に、機捜班長の片山。
 刈谷の右肩鎖骨に指をかけて引っ張る。
 鎖骨が折れ、拳銃を取り出せないのを視認。
 そのまま背後から首を絞め、頚動脈洞を圧迫する。
 あとは失神を待つのみ。

 篠塚の背後に、捜査員は誰もいない――。
 そう錯覚させる気配の殺し方が、ハムにとってレベルを測る物差しになる。
 ならば薄井は、メジャーを使わねばレベル測定不能だ。
 気配を殺し、捜査会議途中から後方に潜んでいた。
 篠塚の側頭部に横蹴りが叩き込まれる。
 その体は引力を無視して宙を飛んでいった。
 当の篠塚は何が起きたかも分からぬまま、口から泡を吹いて床に叩きつけられた。

「制圧終了! 二人のガラを確保しろ!」

 武田が大声を張り上げるが、捜査員達は困惑の渦に飲み込まれていた。
 仕方ないが、悠長に説明している暇はない。



 『それ』を発見したのは、小寺だった。

 身代金授受のため、捜査員の大半が臨場して不在のとき。
 待機している班員にもそれらしい嘘を言って追い出してまで。
 そうして、小寺は本部に詰める捜査員のパソコン全てを調べ上げた。
 そして、刈谷に割り当てられたパソコンがヒットした。
 音声変換装置を使い、菅野宅に入電したログを小寺が見つけた。
 キーボードの指紋が刈谷だけであることも、小寺が確認した。

 パソコンからデータを完全に削除する方法はない。
 諜報の世界では、ハンマーで粉々に叩き割り、高熱で全てを溶かす。
 そこまでしなければ、いくらでも復元可能。
 それをなぜ小寺が知っていたのか。
 武田はそれを理解する努力をさっさと放棄した……。
 
 刈谷に複数のバックアッパーがいるのは、当然だ。
 潜入や裏切りは、唐突にそれが暴露した際の離脱が最も困難。
 そのリスクヘッジに人員を配置するのは、どの組織でも常識。

 配置するなら、最後尾の扉付近だ。
 背後を取られず、かつ全体を威嚇しながら、仲間を逃せる。

 もう一人、必ず配置されている。
 刈谷逃亡を篠塚が失敗したときのために。
 『保険の保険』のために。
 配置は――。

 最前列・右端の三十代前半の巡査部長である板垣が拳銃を抜いて、雛壇に銃口を向ける。

「『隊長』早く撤退してください!」

 ニヤけた顔でも無表情でもない。
 初めて見せる冷徹な本当の顔で、今川と小早川の二人組が立ち上がる。
 武田と小寺の後ろを通り過ぎ『撤退』しようとする。

「あれ。お二方、どちらに行かれるんです?」

 いつもと変わらぬ呑気な声の小寺。
 二人組は取り合わない。
 小寺はお茶をズズズッと啜りながら、板垣に話しかける。

「板垣君。学ばねばなりません。お仲間はどうなりました?」

 板垣がその意味に気付くより早く。
 薄井が背後に立っていた。
 立射の姿勢でガラ空きの脇腹に、薄井がリバーブローをめり込ませる。
 肝臓を打ち抜かれた板垣が、悶絶しながら崩れ落ちる。
 
 逃げかけた今川と小早川が、驚愕でフリーズする。

「薄井君は早いですねえ。壁みたいな体格なのに。いっそ、速井か厚井に姓名変更した方がいいくらい。フフフッ」

(笑ってるぜ、おい。NASAは、なぜ小寺を捕獲しない?)

 武田が真剣に考え込んでいると、小寺が茶を啜りながら、ノンビリした声で指示を出す。

「刈谷君、篠塚君、板垣君はもう動けません。壁……薄井君が、留置所まで運んでください。片山君は、今川さんを。それと生安の田中君、池田君で小早川さんを。人遣い荒くてスイマセンねえ」

 すまなさそうな様子が微塵もない小寺が、美味そうに茶を啜っている。
 指名された『移送班』が、動き出す。

 『移送班』に選抜された四人。
 その全員が、春に北条から『痛い目』にあった経験をもつ。
 片山は公園で。
 薄井は公安課で。
 田中と池田は、生安課で。

 今川を拘束するため、雛壇に来た片山に小寺が声をかける。

「鎖骨折るの、上手ですねえ」

「北条に折られて以来、この急所の攻め方は鍛錬しましたので」

「その節は、本当にごめんなさい」

 片山が小寺に取り合わず、さっさと今川の身柄拘束を始める。

 正しい判断だぞ、片山。
 宇宙人とは所詮、相容れんのだ。

 武田が賞賛している間に、田中と池田も小早川の身柄を拘束する。

 今川と小早川は抵抗しなかった。
 観念したのではない。
 状況についていけず、思考が停止している。

 三人を引きずった薄井が、雛壇の前に来る。

「部長、なぜ我々四名を指名したのですか?」

「お前等を移送班に決めたのは、小寺だ。小寺、説明してやれ」

 薄井、片山、田中、池田が小寺に注目する。

「この上、移送班にまで裏切り者がいてはねえ。皆さんが移送する五人からは、聞きたいこと、盛り沢山じゃないですか。エスケープは困るんですよ。だから絶対に信用できる皆さんを、移送班にさせてもらいました」

「何で我々が信用できるんです? 北条にやられたからですか?」

 田中が非難めいた口調で、小寺に問う。

「北条君は皆さんと一戦交えた。そして。今、皆さんは生きている。本当の悪党なら、北条君は確実に息の根を止めています」

 移送班の誰も、もう何も言わず留置所へ向かった。

(本部はカタをつけたぞ。上杉、川村、ついでに北条。あとは、前線のお前等の番だ。任せたぞ)

(さて。こちらの裏切り者はやっつけましたよ。後はそっちをお願いしますよ、北条君。あら、お茶がない)
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