第84話 闇に飲まれかけたトコを死んだ元相棒が救ってくれた
文字数 4,916文字
武田の銀行幹部達への恫喝ぶりがうかがえる光景。
深夜にもかかわらず、銀行には煌々と明かりがついている。
ショルダーバックをたすき掛けした北条が車外へ飛び出しながら、上杉に怒鳴る。
「上杉! 先に駅行け! 走って追いつく!」
「日中ほど混んでいなかったから、時間は残っているぞ!」
「駅に『A1』が来てるはずだ! 装備しとけ!」
ハッと気付く上杉。
この最終決戦に、武装は不可欠だ。
『身代金は任せた』と北条に言い残して、上杉は駅へと覆面を走らせた。
闇夜に溶け込んだ四台のバイクが、静かに夜気を切り裂く。
「今回も電車を追尾ですかね?」
二十代半ばの佐々木巡査が、無線越しに訊ねてくる。
秘匿追尾オートバイ部隊『トカゲ』は通信を傍受されないよう、最低限の交信しか行わないのがルールだ。
だが佐々木の上がり過ぎたテンションを、同じトカゲで隊長の白鳥景子巡査部長は理解できた。
もう昨日になったが、半日前に手榴弾による自爆を電車外から直視したのだ。
すぐそばで。
白鳥率いる佐々木達トカゲは、抜け道を利用して、特急を並走追尾していた。
「それは今後の展開次第よ。固定観念は捨てなさい」
「今回は、必ずみんなでマル対を救出しましょうね!」
白鳥はヘルメットの中で苦笑した。
『熱い青年』佐々木の耳に、今は自分の声が届いていない。
だが一度、偵察・追尾が始まれば、自分が率いる三人の部下は、忠実に任務をこなす確信が白鳥にはある。
「全員、冷静になりなさい。電車と並走なら、昨日みたいにトップスピードで狭い抜け道を走ることになる。それと。夜間だけど、また爆発のような騒ぎがあれば、現場は大混乱する。全員、常に平常心を保ちつつ周囲を観察して敵味方をしっかり識別すること」
部下から一斉に『了解』の返答がある。
四台のバイクは、福井駅の偵察を開始した。
上杉が運転する覆面と、走ってきた北条が駅に到着したのは、ほぼ同時だった。
昨日と酷似したスーツケースを持った北条が、膝に手をあて、ゼイゼイと洗い呼吸を繰り返している。
「年は取りたくねえなあ」
北条がヘバっていると、管野の上着外ポケットの携帯が鳴る。
急いで管野が携帯に出ようとするが、北条がそれを取り上げる。
上杉は口出ししない。
北条の判断は正しい。
今の管野に、冷静な対応を求めるのは無理だ。
北条も馬鹿で危険なことしか言わないが。
「ば、馬鹿野郎。テメエのせいで、久々に全力ダッシュして、しんどいぞ、この野郎! んで、何時の電車に乗るんだ?」
マル被が現場を動かさないことを、北条は確信している。
本部で裏切り者を排除したため、マル被にも余裕がない。
「三時四十五分発の、寝台特急・日本海へ乗れ。四号車の……どこでもいいから、座ってろ!」
マル被が通話を切る。
先程の電話とは別の声だった。
声紋を取られ、逆探されるのは承知のうえで。
見切り発車したマル被側に発車する特急に乗せられる皮肉。
加速度的に、最終局面が迫っている。
自爆されたサンダーバードの処理がスムーズにいったのか、現在ダイヤ通りに電車は動いている。
寝台特急・日本海は、乗客の入りが五分程度。
一つ前の加賀温泉駅、福井駅から乗り込んできた捜査員の人数、面子は全く把握できない。
マル被からの不意打ちと『余計な応援組』の多さに、本部も遂に捌ききれなくなっている。
今日の座席は管野の隣に上杉。
通路を挟んだ隣に北条。
最悪、北条と二人だけで、戦に臨む羽目になる。
上杉は、自分が極度に緊張しているのを感じた。
麻痺した本部だが、JR側に連絡だけはできたらしい。
昨日の自爆もあってか、切符チェックで時折来る痩身の車掌は顔色を失っている。
管野の携帯が鳴った。
完全に放心状態の管野から、上杉が携帯を預かっている。
その上杉が携帯に出る。
また生声で、マル被からの指示。
「身代金を持たせて、管野をトイレに行かせろ」
「また自爆されては困る。それはしないと、約束しろ。それ……」
一方的に、電話が切られる。
さつきの安否確認もできなかった。
電話の音声は本部経由で、各捜査員のコードレスイヤホンに届けられる。
北条の耳にも入ったはずだ。
「管野さん、スーツケースを北条から受け取って、トイレに行って置いてきてください。消毒……事前の安全は確認します」
幽鬼のような管野が返事せず、しかし上杉の言ったとおりに行動する。
先程からデッキにいる捜査員の一人が、窓越しに『消毒済み』のサインを送ってきている。
管野が夢遊病者のように歩を進め、トイレに入る。
上杉はA1に乗り込んでいた『フォート』の一員から、密かにグロッグを受け取っている。
自分で呼んでおきながら北条はA1に乗らなかったが、武装しているだろう。
フラフラと管野がトイレから出てきた。
着席するまで、上杉は管野とデッキの二ヶ所を警戒しなければならない。
北条はと見ると……前を向いたまま、軽くまどろんでいる……最悪、一人で戦か。
上杉が悲壮な決意を固める。
管野が着席する。
同時に北条が立ち上がり、ズカズカとデッキに向かう。
デッキには、携帯をイジる背広姿の男。
文庫本を読んでいる女。
ポケットサイズのゲーム機で遊んでいる男。
マスクをした男。
「お前等、昨日も今日も、ちゃんと消毒した?」
一瞬、デッキの空間だけ沈黙が落ちる。
携帯男が目を吊り上げる。
「話しかけるな。変装の意味がない」
「変装? 昨日と同じ面子を配置しやがって。有り得ねえって」
「我々は公安だが、元警視庁のSITもいる」
ゲーム男が、モゴモゴ喋る。
「お前、マル害の女房に『あんたが消毒されるべきだ』って言われてたな。あの女房も、上手いこと言うぜ」
ゲーム男が卑屈な笑い顔で北条をからかう。
「ん? おかしくね? 何でマル害が言ったことを、お前等が知ってんだ? んで、桜田門の元SITがいるだあ? 俺は今年の三月までいたが、お前等全員、見覚えがねえよ」
一瞬の沈黙。
読書女が、本の間にしのばせたダガーを北条に投げようとして――北条が読書女のダガーを持った手首を片手で握り逆側に捻じ曲げながら、体を捻って後ろ回し蹴りをゲーム男のこめかみに叩き込む。
手首の折れる音、即頭部が裂ける音を聞く間もなく、マスク男に背負い投げをかけながら――携帯男が拳銃を抜くのを見た。
北条が、マスク男を床に叩きつけず、携帯男に投げつける。
ぶつけられた衝撃で、携帯男が、デッキのドアまでたたらを踏む。
北条が地を蹴る。
人外の純発力。
人外の跳躍力。
携帯男の胸部に両脚で『着地』して肋骨を何本もへし折り、拳銃を構え直す携帯男の首筋に回し蹴りを食らわせる。
一瞬の戦闘だった。
一瞬で、四人を倒した。
だが北条は、まだ自分がキル・ゾーンにいることを認識している。
通常戦闘において、兵は偵察・急襲・本隊に分ける。
転がっている四人は、偵察兵に過ぎない。
先程の痩身の車掌が、気絶しそうな顔で駆けつける。
「どど、ど、どうしま……、な、なな、何が、あった……」
「お前等、芸がねえなあ。まあた、手榴弾で自爆かい」
「へ? え、ええ、え……」
「釣銭袋が膨らみ過ぎだ」
車掌の顔が急に引き締まる。
釣銭袋に左手を伸ばす。
その手首を北条が掴む。
車掌が、冷酷な笑みを浮かべる。
いつの間にか右手にナイフを握っている。
手首を掴んだ北条の右手の脈を狙ってナイフを払おうとした瞬間、その手首も北条が掴む。
間髪入れず北条が、車掌の手首を捻りながら持ち上げる。
苦痛で車掌の手からナイフが落ちる。
そのまま手首を捻ってへし折りながら、車掌の鼻に頭突きを叩き込む。
粉砕骨折した鼻から鮮血が飛び散る前に、北条が車掌の顎を蹴り上げる。
車掌が一回転して、床に叩きつけられる。
北条は釣銭袋から手榴弾を取り出すと、安全ピンを確認して、思いっきり窓に向けて投げつける。
手榴弾が窓を突き破って、外に飛び出していった。
電車内に敵がまだ何人、どこにいるのか分からない。
手榴弾を使われるのはマズく、民間人や捜査員がいては自分も使えない。
ならば、敵味方使えないようにすればいい。
北条は昨日のサンダーバード内で、密かに携帯で写メを撮れるだけ撮った。
現像したそれを三人の警視正に見せた。
浅妻・沼津が指摘した四人が、デッキにいた四人だった。
上杉がグロッグを抜いて、管野を警護している。
それを確認した北条が周囲を観察する。
その視線が、隣の車両にいったとき――こちらを見ていた男と目が合った。
その手にある短機関銃・ウージを、こちらに向けている。
ヤバイ!
と感じると同時に、北条はすぐ左隣のトイレのドアを開け、中に転がり込む。
鉄のドアに銃弾が次々めり込み、何発か貫通する。
北条がショルダーバッグから、サブマシンガン・MP5Kを取り出す。
その銃口を貫通したドアの穴に突っ込む。
迷わずトリガーを引いた。
相手の悲鳴と倒れこむ音を聞いた北条が射撃をやめる。
ドアの穴から、向こうをうかがう。
倒れた男の靴裏が見える。
三人の体格のいい男が動いた。
新手の敵性勢力。
北条がMP5Kを穴に突っ込もうとした時――車内が真っ暗になった。
敦賀・関西方面ルートで一番長い、北陸トンネルに入った。
PVS第三世代の単眼式ナイトビジョンを、敵三人が装着する。
ショットガンを持った男を先頭に、三人が座席に身を隠しながら、北条側に素早く接近してくる。
「上杉、管野に覆い被さって伏せろ!」
北条が言い終わった瞬間、先頭にいた男のナイトビジョンが、ドアの穴に熱を探知する。
躊躇なく、男がショットガンを撃つ。
地震のような銃声。
トイレのドアが吹き飛ぶ。
「オシッコが一番熱放つんだよ、馬鹿野郎!」
立小便でフェイクをかけた北条が、トイレから姿を現す。
北条も単眼式ナイトビジョンを装着していた。
ショットガン男がそれに驚くのと、北条がMP5Kの引き金を引くのは同時だった。
暗闇でコマ送りのように光る、マズルフラッシュ。
ショットガン男の胸部・頭部の肉片が暗闇の中へ消えていく。
北条がトイレに戻り、MP5Kの弾倉を交換した時――電車が緊急停止した。
二発の発砲音の後、ガラスが割れる音がする。
残党二人とは別の敵が、緊急停止ボタンを押したらしい。
残党二人は電車の窓ガラスを撃ち、クモの巣状に割れた窓を破って逃亡した――瞬時に北条の全身が敵の行動を自身に知らせる。
トイレから出て上杉達の無事を確認すると、北条も残党二人と同じ行動に出た。
電車から飛び降り、残党を追跡……できない。
暗いトンネル。
出刃包丁。
少女の白いうなじ。
少年……。
少年達……。
この手で射殺したあいつ達の下の名前は?
自分で殺したのに思い出せない?
「北条、こっちだ!」
暗黒に飲み込まれかけたとき、確かにその声は聞こえた。
「おい! 急げ、北条!」
……っせー。
……るっせー。
うるせーぞ、柴田!
「お前は体で勝負するんだろ!? 頭じゃ無理だから!」
とても懐かしくて、とても温かい声。
「うるせえ! 尻まくって逃げる奴らなんざ、俺一人で充分だ!」
「バディ単位で動かねえと、阿部隊長にまた叱られるぞ」
バディ。
霧が晴れていく。
手が動く。
足が動く。
目に獰猛な光が宿る。
いつもの北条が、いつも通り走り出す。
闇を切り裂き、疾走する。
深夜にもかかわらず、銀行には煌々と明かりがついている。
ショルダーバックをたすき掛けした北条が車外へ飛び出しながら、上杉に怒鳴る。
「上杉! 先に駅行け! 走って追いつく!」
「日中ほど混んでいなかったから、時間は残っているぞ!」
「駅に『A1』が来てるはずだ! 装備しとけ!」
ハッと気付く上杉。
この最終決戦に、武装は不可欠だ。
『身代金は任せた』と北条に言い残して、上杉は駅へと覆面を走らせた。
闇夜に溶け込んだ四台のバイクが、静かに夜気を切り裂く。
「今回も電車を追尾ですかね?」
二十代半ばの佐々木巡査が、無線越しに訊ねてくる。
秘匿追尾オートバイ部隊『トカゲ』は通信を傍受されないよう、最低限の交信しか行わないのがルールだ。
だが佐々木の上がり過ぎたテンションを、同じトカゲで隊長の白鳥景子巡査部長は理解できた。
もう昨日になったが、半日前に手榴弾による自爆を電車外から直視したのだ。
すぐそばで。
白鳥率いる佐々木達トカゲは、抜け道を利用して、特急を並走追尾していた。
「それは今後の展開次第よ。固定観念は捨てなさい」
「今回は、必ずみんなでマル対を救出しましょうね!」
白鳥はヘルメットの中で苦笑した。
『熱い青年』佐々木の耳に、今は自分の声が届いていない。
だが一度、偵察・追尾が始まれば、自分が率いる三人の部下は、忠実に任務をこなす確信が白鳥にはある。
「全員、冷静になりなさい。電車と並走なら、昨日みたいにトップスピードで狭い抜け道を走ることになる。それと。夜間だけど、また爆発のような騒ぎがあれば、現場は大混乱する。全員、常に平常心を保ちつつ周囲を観察して敵味方をしっかり識別すること」
部下から一斉に『了解』の返答がある。
四台のバイクは、福井駅の偵察を開始した。
上杉が運転する覆面と、走ってきた北条が駅に到着したのは、ほぼ同時だった。
昨日と酷似したスーツケースを持った北条が、膝に手をあて、ゼイゼイと洗い呼吸を繰り返している。
「年は取りたくねえなあ」
北条がヘバっていると、管野の上着外ポケットの携帯が鳴る。
急いで管野が携帯に出ようとするが、北条がそれを取り上げる。
上杉は口出ししない。
北条の判断は正しい。
今の管野に、冷静な対応を求めるのは無理だ。
北条も馬鹿で危険なことしか言わないが。
「ば、馬鹿野郎。テメエのせいで、久々に全力ダッシュして、しんどいぞ、この野郎! んで、何時の電車に乗るんだ?」
マル被が現場を動かさないことを、北条は確信している。
本部で裏切り者を排除したため、マル被にも余裕がない。
「三時四十五分発の、寝台特急・日本海へ乗れ。四号車の……どこでもいいから、座ってろ!」
マル被が通話を切る。
先程の電話とは別の声だった。
声紋を取られ、逆探されるのは承知のうえで。
見切り発車したマル被側に発車する特急に乗せられる皮肉。
加速度的に、最終局面が迫っている。
自爆されたサンダーバードの処理がスムーズにいったのか、現在ダイヤ通りに電車は動いている。
寝台特急・日本海は、乗客の入りが五分程度。
一つ前の加賀温泉駅、福井駅から乗り込んできた捜査員の人数、面子は全く把握できない。
マル被からの不意打ちと『余計な応援組』の多さに、本部も遂に捌ききれなくなっている。
今日の座席は管野の隣に上杉。
通路を挟んだ隣に北条。
最悪、北条と二人だけで、戦に臨む羽目になる。
上杉は、自分が極度に緊張しているのを感じた。
麻痺した本部だが、JR側に連絡だけはできたらしい。
昨日の自爆もあってか、切符チェックで時折来る痩身の車掌は顔色を失っている。
管野の携帯が鳴った。
完全に放心状態の管野から、上杉が携帯を預かっている。
その上杉が携帯に出る。
また生声で、マル被からの指示。
「身代金を持たせて、管野をトイレに行かせろ」
「また自爆されては困る。それはしないと、約束しろ。それ……」
一方的に、電話が切られる。
さつきの安否確認もできなかった。
電話の音声は本部経由で、各捜査員のコードレスイヤホンに届けられる。
北条の耳にも入ったはずだ。
「管野さん、スーツケースを北条から受け取って、トイレに行って置いてきてください。消毒……事前の安全は確認します」
幽鬼のような管野が返事せず、しかし上杉の言ったとおりに行動する。
先程からデッキにいる捜査員の一人が、窓越しに『消毒済み』のサインを送ってきている。
管野が夢遊病者のように歩を進め、トイレに入る。
上杉はA1に乗り込んでいた『フォート』の一員から、密かにグロッグを受け取っている。
自分で呼んでおきながら北条はA1に乗らなかったが、武装しているだろう。
フラフラと管野がトイレから出てきた。
着席するまで、上杉は管野とデッキの二ヶ所を警戒しなければならない。
北条はと見ると……前を向いたまま、軽くまどろんでいる……最悪、一人で戦か。
上杉が悲壮な決意を固める。
管野が着席する。
同時に北条が立ち上がり、ズカズカとデッキに向かう。
デッキには、携帯をイジる背広姿の男。
文庫本を読んでいる女。
ポケットサイズのゲーム機で遊んでいる男。
マスクをした男。
「お前等、昨日も今日も、ちゃんと消毒した?」
一瞬、デッキの空間だけ沈黙が落ちる。
携帯男が目を吊り上げる。
「話しかけるな。変装の意味がない」
「変装? 昨日と同じ面子を配置しやがって。有り得ねえって」
「我々は公安だが、元警視庁のSITもいる」
ゲーム男が、モゴモゴ喋る。
「お前、マル害の女房に『あんたが消毒されるべきだ』って言われてたな。あの女房も、上手いこと言うぜ」
ゲーム男が卑屈な笑い顔で北条をからかう。
「ん? おかしくね? 何でマル害が言ったことを、お前等が知ってんだ? んで、桜田門の元SITがいるだあ? 俺は今年の三月までいたが、お前等全員、見覚えがねえよ」
一瞬の沈黙。
読書女が、本の間にしのばせたダガーを北条に投げようとして――北条が読書女のダガーを持った手首を片手で握り逆側に捻じ曲げながら、体を捻って後ろ回し蹴りをゲーム男のこめかみに叩き込む。
手首の折れる音、即頭部が裂ける音を聞く間もなく、マスク男に背負い投げをかけながら――携帯男が拳銃を抜くのを見た。
北条が、マスク男を床に叩きつけず、携帯男に投げつける。
ぶつけられた衝撃で、携帯男が、デッキのドアまでたたらを踏む。
北条が地を蹴る。
人外の純発力。
人外の跳躍力。
携帯男の胸部に両脚で『着地』して肋骨を何本もへし折り、拳銃を構え直す携帯男の首筋に回し蹴りを食らわせる。
一瞬の戦闘だった。
一瞬で、四人を倒した。
だが北条は、まだ自分がキル・ゾーンにいることを認識している。
通常戦闘において、兵は偵察・急襲・本隊に分ける。
転がっている四人は、偵察兵に過ぎない。
先程の痩身の車掌が、気絶しそうな顔で駆けつける。
「どど、ど、どうしま……、な、なな、何が、あった……」
「お前等、芸がねえなあ。まあた、手榴弾で自爆かい」
「へ? え、ええ、え……」
「釣銭袋が膨らみ過ぎだ」
車掌の顔が急に引き締まる。
釣銭袋に左手を伸ばす。
その手首を北条が掴む。
車掌が、冷酷な笑みを浮かべる。
いつの間にか右手にナイフを握っている。
手首を掴んだ北条の右手の脈を狙ってナイフを払おうとした瞬間、その手首も北条が掴む。
間髪入れず北条が、車掌の手首を捻りながら持ち上げる。
苦痛で車掌の手からナイフが落ちる。
そのまま手首を捻ってへし折りながら、車掌の鼻に頭突きを叩き込む。
粉砕骨折した鼻から鮮血が飛び散る前に、北条が車掌の顎を蹴り上げる。
車掌が一回転して、床に叩きつけられる。
北条は釣銭袋から手榴弾を取り出すと、安全ピンを確認して、思いっきり窓に向けて投げつける。
手榴弾が窓を突き破って、外に飛び出していった。
電車内に敵がまだ何人、どこにいるのか分からない。
手榴弾を使われるのはマズく、民間人や捜査員がいては自分も使えない。
ならば、敵味方使えないようにすればいい。
北条は昨日のサンダーバード内で、密かに携帯で写メを撮れるだけ撮った。
現像したそれを三人の警視正に見せた。
浅妻・沼津が指摘した四人が、デッキにいた四人だった。
上杉がグロッグを抜いて、管野を警護している。
それを確認した北条が周囲を観察する。
その視線が、隣の車両にいったとき――こちらを見ていた男と目が合った。
その手にある短機関銃・ウージを、こちらに向けている。
ヤバイ!
と感じると同時に、北条はすぐ左隣のトイレのドアを開け、中に転がり込む。
鉄のドアに銃弾が次々めり込み、何発か貫通する。
北条がショルダーバッグから、サブマシンガン・MP5Kを取り出す。
その銃口を貫通したドアの穴に突っ込む。
迷わずトリガーを引いた。
相手の悲鳴と倒れこむ音を聞いた北条が射撃をやめる。
ドアの穴から、向こうをうかがう。
倒れた男の靴裏が見える。
三人の体格のいい男が動いた。
新手の敵性勢力。
北条がMP5Kを穴に突っ込もうとした時――車内が真っ暗になった。
敦賀・関西方面ルートで一番長い、北陸トンネルに入った。
PVS第三世代の単眼式ナイトビジョンを、敵三人が装着する。
ショットガンを持った男を先頭に、三人が座席に身を隠しながら、北条側に素早く接近してくる。
「上杉、管野に覆い被さって伏せろ!」
北条が言い終わった瞬間、先頭にいた男のナイトビジョンが、ドアの穴に熱を探知する。
躊躇なく、男がショットガンを撃つ。
地震のような銃声。
トイレのドアが吹き飛ぶ。
「オシッコが一番熱放つんだよ、馬鹿野郎!」
立小便でフェイクをかけた北条が、トイレから姿を現す。
北条も単眼式ナイトビジョンを装着していた。
ショットガン男がそれに驚くのと、北条がMP5Kの引き金を引くのは同時だった。
暗闇でコマ送りのように光る、マズルフラッシュ。
ショットガン男の胸部・頭部の肉片が暗闇の中へ消えていく。
北条がトイレに戻り、MP5Kの弾倉を交換した時――電車が緊急停止した。
二発の発砲音の後、ガラスが割れる音がする。
残党二人とは別の敵が、緊急停止ボタンを押したらしい。
残党二人は電車の窓ガラスを撃ち、クモの巣状に割れた窓を破って逃亡した――瞬時に北条の全身が敵の行動を自身に知らせる。
トイレから出て上杉達の無事を確認すると、北条も残党二人と同じ行動に出た。
電車から飛び降り、残党を追跡……できない。
暗いトンネル。
出刃包丁。
少女の白いうなじ。
少年……。
少年達……。
この手で射殺したあいつ達の下の名前は?
自分で殺したのに思い出せない?
「北条、こっちだ!」
暗黒に飲み込まれかけたとき、確かにその声は聞こえた。
「おい! 急げ、北条!」
……っせー。
……るっせー。
うるせーぞ、柴田!
「お前は体で勝負するんだろ!? 頭じゃ無理だから!」
とても懐かしくて、とても温かい声。
「うるせえ! 尻まくって逃げる奴らなんざ、俺一人で充分だ!」
「バディ単位で動かねえと、阿部隊長にまた叱られるぞ」
バディ。
霧が晴れていく。
手が動く。
足が動く。
目に獰猛な光が宿る。
いつもの北条が、いつも通り走り出す。
闇を切り裂き、疾走する。