第68話 誘拐のミーティングが長くてダルい。寝落ちしたい。
文字数 2,272文字
美和は六歳の娘を誘拐された日であっても家事をこなし、捜査員に気遣いまでしている。
精神は、相当削られたはずだ。
誰も口に出さないが、レナも技官二人も、さつきの安否は気になってしょうがない。
だが、それを確認する術はない。
推量だけでさつきの安否を話し合うことは、生産的ではない。
上杉にとって不思議なのは、北条だった。
確かにフザけた奴でバカだが、薄情ではない。
むしろ情が厚いのは、春の明智への対応で認めざるを得ない。
過去に、さらわれた少女を救うため、未成年の犯人を射殺までしたのだ。
――今夜、じっくり話しを聞こうか。
順番で入浴を開始する。
上杉は、一番目にレナを指名。
北条対策だ。
美和も慎重を期しているだろうが、脱衣場に美和の下着があれば、レナが回収。
北条が喜んで使うのが目に浮かぶ美和の女性用シャンプーなども回収。
口頭で指示はしなかったが、レナは上杉の意図を見抜いてくれていた。
四番目に入浴した上杉は、実際にそれを確認している。
無害状況を徹底的に確認後、最後に北条を入浴させた。
上杉は、明日の段取りを本部と打ち合わせた。
その後、仮眠のシフトを決め、全員を集める。
今日の総括と明日の方針作りが必要だ。
北条達三人の捜査員、技官二人が、テーブルを挟んだ二つのソファに座る。
テーブル上には、レナが受け取った本部からの報告書が人数分置いてある。
上杉が堀・深田両技官に、犯人からの連絡について報告を求める。
まず、深田が報告する。
「ここまで高度な逆探防止の事例は、聞いたことがありません。問題は痕跡なんです。電子化させた音声を、国内外のサーバーを経由させる。正攻法で発信元を突き止めると、全く別の場所。これは可能なんです。ただ、痕跡は明確に残る。丹念に追跡すれば、辿り着ける。気が遠くなるほどの時間はかかりますが。ところが、今回はその痕跡が薄い。薄過ぎる。極論すると、『痕跡らしきものがある』というのが、率直な感想です。国内でここまでの技術を持っている集団を、私は知りません。自衛隊でも不可能です」
今日の働きぶりから、深田が優秀な技官なのは全員が認めている。
それだけに、芳しくない発言の結果、重い空気が漂う。
『説明なげーよ』という感想を顔に張りつけた北条を除いて。
続いて、堀が報告する。
「私が気になるのは、盗聴器の場所です。犯人は頭が切れる。消毒も計算済みのはずです。ですが、発見妨害のフィルターもかけず、無造作にクッションの中に……。『管野さんがクッションを持ち歩くだろうから、発見されないだろう』などと甘い見方はしていないはずです。持ち歩けば、逆に目をつけられます。逆に置いておけば、遅かれ早かれ、簡単に見つかります。しかも、せいぜい七~八メートル四方しか盗聴できません。……実は、管野さんがトイレ、美和さんが入浴中に、玄関・裏口・車庫・キッチン及びダイニング、風呂場、トイレ、他数室も消毒しましたが、盗聴器は発見できませんでした。この家は部屋が多過ぎて、全ては消毒できていませんが……」
「あっちーな、おい。夜は嫌いだ。眠くなる」
夜が嫌いなのは悪夢のせいと、正直に北条は言えない。
突然割り込んできて、失礼な発言をした北条に、両技官の眼が吊り上がる。
上杉とレナも怒鳴りつけようとする。
「深ちゃん。それは単純に考えれば、解決すんだよ。ま、ウラが取れてねえから、今は何も言えねえ。んで、浅ちゃん。その件はな、実は物凄く重要なんだ。けどよ、目星がまだボンヤリしてんだよな」
淡々と語る北条に、全員の挙げた拳から力が抜ける。
「あんた、一体何に気付いとん……」
「レナ、お前も不思議に思うこと、あるだろ」
レナの疑問を遮って、北条が報告を促す。
それを上杉は黙認。
一年だけだが、北条は桜田門のSITにいたのだ。
「うちの場合は、やっぱり犯人との電話や。さつきちゃんの声が聞けんかったのは、しゃあない。マル被は、パソコンでうちと話しとったんや。さつきちゃんの声聞かせるのは無理や。下手したら、連絡してきた奴んとこじゃなくて、さつきちゃんは別の場所に監禁されとるんかもしれん」
ここまではええか? とレナが一同を見回す。
北条のあくびに殺意がわいただけで、他三人は納得顔だ。
「最後なんや。メールはパソコンか携帯かどっちや? って聞いたのに、それには答えへんかった。菅野の口座金額を知っとるのも同じや。それやのに、連中がどこまで知っとるかカマかけたら、うちの詳細と菅野の、あれや、痔……を知っとること言うて、終いには、性癖まで言いよった。何か、アベコベや」
技官二人が考えこむ。
レナの指摘に上杉も同感だ。
「ほんで、身代金や。一千万? ごっつう手強い連中の割に、セコないか?」
その通りだ。
「プロだから、が理由にならないか?」
上杉が、眠たげな北条以外に問いかける。
「一億、二億となれば、二日や三日でそうそう準備はできない。だが、一千万なら一日あれば充分だ。本部が包囲網を敷く前に、な。資料にある菅野の給与明細と口座情報から、それは明らかだ」
上杉が資料をめくりながら、一同を見渡す。
皆、納得顔だ。
「ダミーの線もあるわな」
北条があくびをかみ殺しながら、突然発言する。
発言よりも、ミーティングを聞いていたことに、全員は驚いた。
精神は、相当削られたはずだ。
誰も口に出さないが、レナも技官二人も、さつきの安否は気になってしょうがない。
だが、それを確認する術はない。
推量だけでさつきの安否を話し合うことは、生産的ではない。
上杉にとって不思議なのは、北条だった。
確かにフザけた奴でバカだが、薄情ではない。
むしろ情が厚いのは、春の明智への対応で認めざるを得ない。
過去に、さらわれた少女を救うため、未成年の犯人を射殺までしたのだ。
――今夜、じっくり話しを聞こうか。
順番で入浴を開始する。
上杉は、一番目にレナを指名。
北条対策だ。
美和も慎重を期しているだろうが、脱衣場に美和の下着があれば、レナが回収。
北条が喜んで使うのが目に浮かぶ美和の女性用シャンプーなども回収。
口頭で指示はしなかったが、レナは上杉の意図を見抜いてくれていた。
四番目に入浴した上杉は、実際にそれを確認している。
無害状況を徹底的に確認後、最後に北条を入浴させた。
上杉は、明日の段取りを本部と打ち合わせた。
その後、仮眠のシフトを決め、全員を集める。
今日の総括と明日の方針作りが必要だ。
北条達三人の捜査員、技官二人が、テーブルを挟んだ二つのソファに座る。
テーブル上には、レナが受け取った本部からの報告書が人数分置いてある。
上杉が堀・深田両技官に、犯人からの連絡について報告を求める。
まず、深田が報告する。
「ここまで高度な逆探防止の事例は、聞いたことがありません。問題は痕跡なんです。電子化させた音声を、国内外のサーバーを経由させる。正攻法で発信元を突き止めると、全く別の場所。これは可能なんです。ただ、痕跡は明確に残る。丹念に追跡すれば、辿り着ける。気が遠くなるほどの時間はかかりますが。ところが、今回はその痕跡が薄い。薄過ぎる。極論すると、『痕跡らしきものがある』というのが、率直な感想です。国内でここまでの技術を持っている集団を、私は知りません。自衛隊でも不可能です」
今日の働きぶりから、深田が優秀な技官なのは全員が認めている。
それだけに、芳しくない発言の結果、重い空気が漂う。
『説明なげーよ』という感想を顔に張りつけた北条を除いて。
続いて、堀が報告する。
「私が気になるのは、盗聴器の場所です。犯人は頭が切れる。消毒も計算済みのはずです。ですが、発見妨害のフィルターもかけず、無造作にクッションの中に……。『管野さんがクッションを持ち歩くだろうから、発見されないだろう』などと甘い見方はしていないはずです。持ち歩けば、逆に目をつけられます。逆に置いておけば、遅かれ早かれ、簡単に見つかります。しかも、せいぜい七~八メートル四方しか盗聴できません。……実は、管野さんがトイレ、美和さんが入浴中に、玄関・裏口・車庫・キッチン及びダイニング、風呂場、トイレ、他数室も消毒しましたが、盗聴器は発見できませんでした。この家は部屋が多過ぎて、全ては消毒できていませんが……」
「あっちーな、おい。夜は嫌いだ。眠くなる」
夜が嫌いなのは悪夢のせいと、正直に北条は言えない。
突然割り込んできて、失礼な発言をした北条に、両技官の眼が吊り上がる。
上杉とレナも怒鳴りつけようとする。
「深ちゃん。それは単純に考えれば、解決すんだよ。ま、ウラが取れてねえから、今は何も言えねえ。んで、浅ちゃん。その件はな、実は物凄く重要なんだ。けどよ、目星がまだボンヤリしてんだよな」
淡々と語る北条に、全員の挙げた拳から力が抜ける。
「あんた、一体何に気付いとん……」
「レナ、お前も不思議に思うこと、あるだろ」
レナの疑問を遮って、北条が報告を促す。
それを上杉は黙認。
一年だけだが、北条は桜田門のSITにいたのだ。
「うちの場合は、やっぱり犯人との電話や。さつきちゃんの声が聞けんかったのは、しゃあない。マル被は、パソコンでうちと話しとったんや。さつきちゃんの声聞かせるのは無理や。下手したら、連絡してきた奴んとこじゃなくて、さつきちゃんは別の場所に監禁されとるんかもしれん」
ここまではええか? とレナが一同を見回す。
北条のあくびに殺意がわいただけで、他三人は納得顔だ。
「最後なんや。メールはパソコンか携帯かどっちや? って聞いたのに、それには答えへんかった。菅野の口座金額を知っとるのも同じや。それやのに、連中がどこまで知っとるかカマかけたら、うちの詳細と菅野の、あれや、痔……を知っとること言うて、終いには、性癖まで言いよった。何か、アベコベや」
技官二人が考えこむ。
レナの指摘に上杉も同感だ。
「ほんで、身代金や。一千万? ごっつう手強い連中の割に、セコないか?」
その通りだ。
「プロだから、が理由にならないか?」
上杉が、眠たげな北条以外に問いかける。
「一億、二億となれば、二日や三日でそうそう準備はできない。だが、一千万なら一日あれば充分だ。本部が包囲網を敷く前に、な。資料にある菅野の給与明細と口座情報から、それは明らかだ」
上杉が資料をめくりながら、一同を見渡す。
皆、納得顔だ。
「ダミーの線もあるわな」
北条があくびをかみ殺しながら、突然発言する。
発言よりも、ミーティングを聞いていたことに、全員は驚いた。