第34話 「相手が精鋭部隊でも、刑事は殺さずに生け捕りにする」

文字数 2,066文字

 二人が階段を見上げる。
 複数の敵が、足音を殺して下りてくる気配を感じた。

「面倒くせえ」

 だるそうな北条。

「あいつ等はやっとくから。お前、先に行ってろ」

「先に行けと言うが……。この狭い階段で、上から攻撃されるんだぞ」

「そっか。お前、外の非常階段から二階へ行け。じゃ、後でな」

「一人で本当に大丈夫なの……」

 上杉は途中で言葉を飲み込んだ。
 上杉の返事を待たず、上がっていく北条。
 だるそうな表情とポケットに手を突っ込んだ恰好とは裏腹に、背後にいる上杉が隙を見出せない。
 癪だったが、北条案に乗ることにした。
 


 上杉は急いで一旦ホテルの外へ出ると、非常階段を駆け上った。
 北条は、敵が本物の戦闘部隊であることは認識している。
 それでも危険な相手だ。
 どれだけ北条が強かろうと。

 北条が成績赤点でも『警察官』という縛りがある限り、苦戦は必死。
 それほど相手は危険にして卑劣。
 上杉は二段飛ばしで、非常階段を駆け上がる。



 二階フロアのドアを開けた瞬間、飛び込んできた光景に上杉は凍りついた。

 左右に三室ずつの狭く短い廊下に、すでに北条が立っていた。
 上杉に背を向ける恰好だが、手傷は負っていないようだ。
 さらに息も乱れていなければ、汗もかいていない。
 階段で、最低でも三名と交戦したはず。
 なのに、もうカタをつけ平然と立っている。

 だが凍りついたのは、北条の物の怪ぶりではない。
 六名のスーツ姿の男達が、拳銃を構えていた。
 その照準は北条。

 上杉に迷いはなかった。
 ホルスターからグロックを抜く。
 射撃体勢に入った上杉に、敵六人の視線が奪われる――その瞬間、地を這うほど姿勢を低くした北条が、疾風の如く動いた……。



 上杉は、グロックをホルスターに収めた。
 目の前で起きたことは、受け入れるしかない。

「うへー。しんど。ガキの頃は四十人くらい相手にしても、平気でボコれたのに」

 ヤレヤレ顔の北条。
 口に煙草はない。
 吐き出し、敵一人の片目を焼き潰したから。
 不潔で狭い廊下に、鍛えられた六人の男達が倒れていた。
 立ち上がれる者は誰もいない。
 かつ、死亡する者もいない。
 北条はそういう戦闘を行った。

 自分達は警察官であって、軍隊ではない。
 生きて逮捕する。
 その両立が絶望的な敵だった。
 人の命など、何とも思っていない連中だから。
 だが、北条はその両立をやってのけた。
 北条の頭に、先の日本警察の不文律などない。
 それは心身に叩き込まれたもの。
 教養はない。
 モラルもない。
 貯金もない。
 それでも北条は警察官だと、上杉は初めて認めた。

「後は、部屋ん中で待ち伏せしてやがる二、三人を片付けたら、ノンビリ、明智とお話しようぜ」

 呑気な北条。
 だが不敵な笑みを浮かべた顔に、緊張が混じっている。

 待ち伏せの敵にではない。
 明智との再会に、北条は緊張している。
 ただし、その緊張は不安ではなく、ある種の覚悟からくるもの。
 北条も真相に辿り着いた。
 いや、早い段階で気付いていた。
 だが、認めたくなかった。
 しかし確固たる証拠が揃ってしまった。

 上杉は北条の心中を察っして、陽気な声を出す。

「おい。部屋の中の連中、一人くらいは俺にやらせろ」

 上杉と北条の視線が宙で絡み合う。

 互いの顔に浮かぶ笑みは、友情の萌芽を含んでいる。
 二人は、明智がいる部屋の前に立つ。
 上杉が慎重にピッキングしょうとした途端、北条が豪快にドアを蹴破る。

「明智! 俺様だ!」

 北条が怒鳴る。

 同時に、ドアの内側左右に潜んでいた男達が、拳銃の照準を北条に合わせる。
 左側の男は、北条に蹴られた肘が逆側に曲がる。
 物理的に有り得ない角度に曲がった腕。
 続いて、顎に北条の爪先がめり込む。
 白雪姫のように、深く長い眠りにつく。

 右側の男は、ファンタスティックな魔法の世界に誘われた。
 どこからともなく現れる上杉の手。
 その不思議な手に手首を掴まれる。
 ほんのチョッピリ捻られた。
 直後、脳天を貫く激痛が走り、拳銃が落ちる。
 そのまま手首を折られると覚悟したが、そこは魔法の世界。
 気がつくと、天井と床がいつの間にか逆さまになっている。
 次に天井だけが見えたが、それは一瞬の間だけ。
 後は暗闇の世界へ。

「お前、合気道もやんのか? 格闘技の浮気はやめろ。貧弱なんだからよ」

 北条の嫌味に、上杉が睨み返す。
 しかし反論できない。

「明智を探すぞ。おそらく隣の部屋……」

「あと一匹で終いだな」

 驚く上杉を尻目に、北条は安ホテルに必ずある、邪魔なだけの安い壺を掴む。
 そのまま、ノンビリと浴室に近づく。
 いきなりドアを開ける。
 中に潜んでいた男の額に壺を叩きつけた。
 壺も男の額も割れた。


 
 北条と上杉が隣室のドアを開ける。
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