第86話 丼飯三杯はいける見事な最期だ

文字数 768文字

「斉藤、一発だけ残して、北条を撃て。時間を稼いでくれ」

 熾烈な追跡劇の中、近藤が静かな声で告げる。

「分かった、相棒」

 斉藤も静かな声で返す。

 シートを倒して後部座席に移り、銃床で窓ガラスを叩き割る。
 何発か撃ったが、スピードを落とさないままポジションを変える北条に、かすりもしない。

「最後に、一発も当てられなかったか」

 言葉とは裏腹に、斉藤の声音に無念の響きはない。

「お前は最高の狙撃手だった。今日は調子が悪かっただけだ」

「お前は最高のドライバーだった。今日は調子が悪かっただけだ」

 二人が一瞬目を合わせ、少し微笑み合う。

 セダンがガードレールを突き破って、谷底に落ちていく。
 落下する途中、二人の男達は、自らのこめかみを撃ち抜いた。



 見事だ。

 北条は心からそう思った。

戦士の価値は、死に方で決まる。

「A1を管野家に向かわせろ! 途中で合流する!」

 無線に叫ぶと、北条は管野家目指してVFRを駆った。



 プラットホームで上杉は目覚めた。
 救急車の担架に載せられている。慌てて担架から下り、近くの捜査員を捕まえる。

「管野はどうなったっ?」

「え? 別の捜査員が自宅に送り届けましたが……」

 首に強烈な衝撃を感じた瞬間。
 それが引き金になったのかもしれない。
 一度目の身代金授受のシーンが頭に浮かんだ。
 あの時、北条はアクセルを全力で吹かした。
 爆音で、全員が反射的に身を守る行動を取った。
 一人だけ、何の反応もしなかった人間がいた。
 恐怖で固まったと、思い込んでいた。

 違う!

 あれは、あの爆音が『爆発音』ではないことを知っていたからだ。

 導き出される結果は一つ。

 爆破の高度な訓練を受けている。

 上杉は駆け出した。
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