第93話 似合わない墓参りしてたら命乞いしてる奴がいて

文字数 1,176文字

 明智が眠る墓。
 墓前でしゃがんだ北条が語りかける。
 
(よお、キツネ目。何か久しぶりじゃね? 
 もう三ヶ月も経ちやがった。
 梅雨に色々あってよお。
 ……また俺、人の命を守りきれなかった。
 さすがの俺様も、ちーと落ち込むわ。
 お前、むこうから笑ってんじゃねえだろうな? 
 安月給から差し入れ買ってきてやったんだぞ、おい。
 もうお前は立派に更正してたぜ。
 だろ、相棒?)
 
 北条は、笑ったキツネが彫られたジッポを墓に備えた。



 菅野が眠る墓。
 墓前でしゃがんだ北条が語りかける。

(切れ痔治った? 下痢も治った? 俺、週に七回は下痢してんだ。おかしくね? 
 ガキん時みたいに、拾い食いはもうしてねえんだけどな……。
 さつきちゃん、あんたの親戚に引き取られた。毎日元気いっぱいだ。いいよなあ、元気な胃腸で。
 ……守り切れなくて、本当にすまねえ。
 けどよ。
 必ず、ケジメはつけっから。
 小難しい資料ばっか読んでねえで、ちったあ俺の活躍見てろよ)

 北条は、円座クッションを墓に備えた。



 木島が眠る墓。
 墓前でしゃがんだ北条が語りかける。
 
(初めまして、だよな? 
 あんた、スゲー人だよ。
 あの根暗なハムにいて、優しい笑顔を無くさねえもんな。
 カンナちゃん、毎日プールで大暴れしてんぞ。
 海苔みてえに日焼けしてやんの。お肌のお手入れ戦争は、もう始まってんのになあ。
 ……伸子さんには、色々協力してもらってる。
 一度あんたと、飲んでみたかったなあ)

 北条は、元気いっぱいのカンナの写真を墓に備えた。



 盆が過ぎても、紫外線戦争は終戦を迎えない。
 まだまだ夏を感じさせる暑さ。
 照りつける陽射しに容赦なし。
 ブラブラと覆面に戻ろうとしたとき、墓地に相応しい音楽が流れた。
 宇宙戦艦ヤマト。

(ハイハイ、タクシー強盗だろ? 捜査に戻るって)

 毒づきながら、携帯に出る。
 上杉からだった。
 最後まで話を聞かず、北条は慌てて駆け出した。



 前日・未明。
 福井駅裏の雑多な路地の一本。
 駅近辺だが、大半の店がもう閉じている。
 周囲に暗い闇が落ちる。

「たたた、たの、頼む! た、助けててて、く、くれ」

 顔面を庇うように両手をかざし、男は懇願した。
 それが無駄なのは、男自身が一番よく分かっていたが。
 手から少し顔を出し、遠方の高いビルを探す。
 だが、漆黒の闇夜しか広がっていない。
 見えたところで、何がどうなるものでもない。
 追い詰めるに格好の路地には、すでに仲間が四体の死体になって転がっている。
 男は千メートル以上離れた者に、何度も命乞いした。
 だが、やはり無駄だった。
 彼方から放たれた弾が、僅かに露出した顔面の右目を射抜いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み