第81話 県警本部が敗北したと結果を聞かされ
文字数 2,796文字
深夜。
前線総員がリビングに集結し、打ち合わせが始まった。
上杉は今日あったことを、詳細かつ迅速に説明した。
「『マル被は目的を達したのか?』が焦点だと思いますが……さつきちゃんを戻さないことで、二つの仮説が生まれます……」
堀が言いにくそうに発言する。
「一つは、マル被側が失敗した。だから、さつきちゃんを返さない。もう一つは成功したが、さつきちゃんを戻さない。私が考えられるのは以上2点なんですが……」
堀が俯く。
後者の場合、さつきが生存している可能性は絶滅的だ。
「マル被の狙いが分からないと、今後の対応が練れない」
深田が独り言のように呟く。
「北条。お前はどう思う?」
テーブルに肘をついて、ボンヤリしている北条に、上杉が話をふる。
腕を組んで、ソファの背もたれに体を預けながら、北条がポツリポツリと話し始める。
「SITに配属された時に、研修があってよ。年間七万件の誘拐が起きるアメリカ。誘拐が立派にビジネスんなっちまったアルゼンチン。そんなこんなの実例を、いやっちゅうほど聞かされた。帰国してからもよ、三件の誘拐を担当した。長話嫌えだから、結論言うぞ。今回のマル被は、『効率がいい』だ」
誰もピンと来ず、困惑顔で北条を見ている。
「効率がいいってことは、スンゲー手強いってこった。もう、複数犯だと決めつけるぞ。これを一人でやってのける奴が敵なら、そん時はあきらめろ。海兵の兄ちゃんどもがオールスターでも敵わねえ」
俺、長話嫌いだし。夜嫌いだし。説明嫌いだし。
そんな北条の甘ったれを許さぬ他の捜査員の視線が突き刺さる。
(分かった、分かった。やるから、そんなにガン飛ばすな)
「初めの電話から、あいつ等『前線崩し』を始めやがった。レナの名前と階級を言ったよな。進入してるデカのこと把握してるなら、それ隠した方が、後々便利がいい――と単細胞は考える」
単細胞はお前だ! と全員が思ったが、我慢して耳を傾ける。
「あいつ等、俺達全員の情報を持ってんだろ。電話に出たのが、たまたまレナだったってだけで。盗聴器を発見しやすいトコ選んで仕掛けたのは、単純な理由だ。『発見させる』ためだ。んで、結果どうなった?」
全員が、目だけで各々を気忙しげに見る。
「前線が壊れかけた。それが、あいつ等の狙いだ。『マル害を味方にする』が基本だろう」
北条が似合わぬ溜め息一つ吐いて続ける。
「具体名は言わねえけどよ。前線のデカ無視して、犯人とウラ取引した挙句、金取られるわ、人質は惨殺されるわってえのが、この国でも実際に、いくつか起きてんだ」
静かに、全員が北条を見詰め、その言葉に耳を傾ける。
教養とモラルはないが、経験と猛獣のような勘は、それなりに説得力がある。
「こんなだだっ広い家の盗聴器を本気で探そうと思ったら、隠密行動なんて無理だ。それにな。盗聴器を仕掛けなくても、盗聴できんだよ。本気で盗聴する気なら、マル被はこんな下手くそしねえ」
「えらい、マル被を高く買っとるんやな」
レナの発言に、嫌味の響きはない。
純粋な疑問だ。
「効率がいいって言ったろ? 誘拐を成功させるには、前線を崩壊させるのが一番手っ取り早い。マル害を暴走させて警察が混乱してる隙に、お宝頂戴だ。ただし、だ。前線崩壊は難しい。投入される捜査員は、超がつく優秀な連中だからな。それをあいつ等、電話一本、安物の盗聴器一つで、崩壊寸前まで追い込みやがった。この知識と手際の良さったらな。犯人の中に、元お巡りか、現職がいるのは間違いねえ。ま、心配ねえけどな」
「何で心配あらへんねん? 説明下手やねん」
苛立つレナと傷ついた北条を宥め、上杉が先を促す。
「大丈夫な理由は二つだ。一つ目。マル被に、人質を殺す気はない。キーボード叩いて音声化だあ? それでも、メッセージを発する奴の感情はこもっちまうんだよ。レナとの会話は、洗濯板が……上杉、何だっけ?……そだ、立て板に水だ。感情がねえ。誘拐を、商売だと割り切ってやがる。だから、計算すんだよ。誘拐殺人で万が一逮捕されたら死刑だ、ってことをな」
上杉以外の捜査員に安堵が洩れる。
「って、単細胞は思う」
技官の目に殺気がこもる。
レナが実際に手を下そうとする。上杉が慌てて四人を止め、北条を叱りつけて、話は続く。
「マル被にとっては、商売って言ったろ? 金払わねえと、商談決裂だ。マル被、機械的に人質を殺すぞ」
北条の断定口調に、上杉まで寒気が走った。
「二つ目の『大丈夫だ』は何なん?」
心なしか、レナの声にすがる響きがある。
「俺がいるから、だ……春に、悪党でもない人間三人を死なせちまった。もうヘタはうたねえ。さつきちゃんは奪還する。絶対に」
北条の全身から放たれる覚悟に、前線が勇気で包まれる。
いい雰囲気だ。このまま明日を迎えよう。
本部で起きた『事件』は、北条にだけ話せばいい。
そう、上杉が結論づける。
「引き続き、我々は前線として任務を遂行」
上杉はそう宣言して、シフト通り仮眠を取ることを命じた。リビングに、上杉と北条だけが残る。
「ふぁーあ。ねみい~。夜は嫌えだ。あ。雨降ってやがる。雨も、この生温けえ空気も嫌えだ」
上杉が黙って、北条と正対する。
「言いてえことがあるツラだな」
「他の四人は、前線に集中だ。お前だけは、聞いておいた方がいい」
上杉は武田が話した、本部での事件を切り出した。
移送班が退室してから、本部では捜査報告が再開された。その最中、東署の夜勤中の警官が飛び込んできた。
「た、大変、大変です……!」
警官は泣きながら、泡を吹いている。それを見た武田と小寺は、ただ事ではないと感じ、警官に先導させながら“現場”に向かった。
凄惨にして、見事。
武田と小寺の、それが第一印象であり、口に出せない本音だった。
九人の人間達が、朱色の湖に横たわっている。
移送された、五人の裏切り者が殺されていた。
手首や首の脈をきれいに裂き、腎臓を寸分の違いもなく貫いている。
移送した四人の捜査員も倒れている。
だが殺されるどころか、どこも刺されていない。
気絶させられていた。
口封じに、捕われた仲間を確実に音もなく始末する。
その一方で、口封じに関係のない者は殺さない。
無論、良心などではない――無駄な殺しは、時間・体力の浪費、武器の劣化をもたらす。
顔を見られない限り、殺さない。殺し屋 は、四人の捜査員に顔を見られることなく、五人を見事なナイフ捌きで殺害。四人の刑事を気絶させた。
この事件で、本部は現在、その機能が麻痺状態にある。
前線総員がリビングに集結し、打ち合わせが始まった。
上杉は今日あったことを、詳細かつ迅速に説明した。
「『マル被は目的を達したのか?』が焦点だと思いますが……さつきちゃんを戻さないことで、二つの仮説が生まれます……」
堀が言いにくそうに発言する。
「一つは、マル被側が失敗した。だから、さつきちゃんを返さない。もう一つは成功したが、さつきちゃんを戻さない。私が考えられるのは以上2点なんですが……」
堀が俯く。
後者の場合、さつきが生存している可能性は絶滅的だ。
「マル被の狙いが分からないと、今後の対応が練れない」
深田が独り言のように呟く。
「北条。お前はどう思う?」
テーブルに肘をついて、ボンヤリしている北条に、上杉が話をふる。
腕を組んで、ソファの背もたれに体を預けながら、北条がポツリポツリと話し始める。
「SITに配属された時に、研修があってよ。年間七万件の誘拐が起きるアメリカ。誘拐が立派にビジネスんなっちまったアルゼンチン。そんなこんなの実例を、いやっちゅうほど聞かされた。帰国してからもよ、三件の誘拐を担当した。長話嫌えだから、結論言うぞ。今回のマル被は、『効率がいい』だ」
誰もピンと来ず、困惑顔で北条を見ている。
「効率がいいってことは、スンゲー手強いってこった。もう、複数犯だと決めつけるぞ。これを一人でやってのける奴が敵なら、そん時はあきらめろ。海兵の兄ちゃんどもがオールスターでも敵わねえ」
俺、長話嫌いだし。夜嫌いだし。説明嫌いだし。
そんな北条の甘ったれを許さぬ他の捜査員の視線が突き刺さる。
(分かった、分かった。やるから、そんなにガン飛ばすな)
「初めの電話から、あいつ等『前線崩し』を始めやがった。レナの名前と階級を言ったよな。進入してるデカのこと把握してるなら、それ隠した方が、後々便利がいい――と単細胞は考える」
単細胞はお前だ! と全員が思ったが、我慢して耳を傾ける。
「あいつ等、俺達全員の情報を持ってんだろ。電話に出たのが、たまたまレナだったってだけで。盗聴器を発見しやすいトコ選んで仕掛けたのは、単純な理由だ。『発見させる』ためだ。んで、結果どうなった?」
全員が、目だけで各々を気忙しげに見る。
「前線が壊れかけた。それが、あいつ等の狙いだ。『マル害を味方にする』が基本だろう」
北条が似合わぬ溜め息一つ吐いて続ける。
「具体名は言わねえけどよ。前線のデカ無視して、犯人とウラ取引した挙句、金取られるわ、人質は惨殺されるわってえのが、この国でも実際に、いくつか起きてんだ」
静かに、全員が北条を見詰め、その言葉に耳を傾ける。
教養とモラルはないが、経験と猛獣のような勘は、それなりに説得力がある。
「こんなだだっ広い家の盗聴器を本気で探そうと思ったら、隠密行動なんて無理だ。それにな。盗聴器を仕掛けなくても、盗聴できんだよ。本気で盗聴する気なら、マル被はこんな下手くそしねえ」
「えらい、マル被を高く買っとるんやな」
レナの発言に、嫌味の響きはない。
純粋な疑問だ。
「効率がいいって言ったろ? 誘拐を成功させるには、前線を崩壊させるのが一番手っ取り早い。マル害を暴走させて警察が混乱してる隙に、お宝頂戴だ。ただし、だ。前線崩壊は難しい。投入される捜査員は、超がつく優秀な連中だからな。それをあいつ等、電話一本、安物の盗聴器一つで、崩壊寸前まで追い込みやがった。この知識と手際の良さったらな。犯人の中に、元お巡りか、現職がいるのは間違いねえ。ま、心配ねえけどな」
「何で心配あらへんねん? 説明下手やねん」
苛立つレナと傷ついた北条を宥め、上杉が先を促す。
「大丈夫な理由は二つだ。一つ目。マル被に、人質を殺す気はない。キーボード叩いて音声化だあ? それでも、メッセージを発する奴の感情はこもっちまうんだよ。レナとの会話は、洗濯板が……上杉、何だっけ?……そだ、立て板に水だ。感情がねえ。誘拐を、商売だと割り切ってやがる。だから、計算すんだよ。誘拐殺人で万が一逮捕されたら死刑だ、ってことをな」
上杉以外の捜査員に安堵が洩れる。
「って、単細胞は思う」
技官の目に殺気がこもる。
レナが実際に手を下そうとする。上杉が慌てて四人を止め、北条を叱りつけて、話は続く。
「マル被にとっては、商売って言ったろ? 金払わねえと、商談決裂だ。マル被、機械的に人質を殺すぞ」
北条の断定口調に、上杉まで寒気が走った。
「二つ目の『大丈夫だ』は何なん?」
心なしか、レナの声にすがる響きがある。
「俺がいるから、だ……春に、悪党でもない人間三人を死なせちまった。もうヘタはうたねえ。さつきちゃんは奪還する。絶対に」
北条の全身から放たれる覚悟に、前線が勇気で包まれる。
いい雰囲気だ。このまま明日を迎えよう。
本部で起きた『事件』は、北条にだけ話せばいい。
そう、上杉が結論づける。
「引き続き、我々は前線として任務を遂行」
上杉はそう宣言して、シフト通り仮眠を取ることを命じた。リビングに、上杉と北条だけが残る。
「ふぁーあ。ねみい~。夜は嫌えだ。あ。雨降ってやがる。雨も、この生温けえ空気も嫌えだ」
上杉が黙って、北条と正対する。
「言いてえことがあるツラだな」
「他の四人は、前線に集中だ。お前だけは、聞いておいた方がいい」
上杉は武田が話した、本部での事件を切り出した。
移送班が退室してから、本部では捜査報告が再開された。その最中、東署の夜勤中の警官が飛び込んできた。
「た、大変、大変です……!」
警官は泣きながら、泡を吹いている。それを見た武田と小寺は、ただ事ではないと感じ、警官に先導させながら“現場”に向かった。
凄惨にして、見事。
武田と小寺の、それが第一印象であり、口に出せない本音だった。
九人の人間達が、朱色の湖に横たわっている。
移送された、五人の裏切り者が殺されていた。
手首や首の脈をきれいに裂き、腎臓を寸分の違いもなく貫いている。
移送した四人の捜査員も倒れている。
だが殺されるどころか、どこも刺されていない。
気絶させられていた。
口封じに、捕われた仲間を確実に音もなく始末する。
その一方で、口封じに関係のない者は殺さない。
無論、良心などではない――無駄な殺しは、時間・体力の浪費、武器の劣化をもたらす。
顔を見られない限り、殺さない。
この事件で、本部は現在、その機能が麻痺状態にある。