第85話 銃撃戦だらけの車とバイクで猛追劇中ですけど?

文字数 3,741文字

デジャブだった。
 菅野を警護する上杉に、『余計な応援組』が殺到して揉みくちゃにされる。
 その密度が昨日の比ではない。
 
 ――手段は選んでいられない。
 上杉は天井に向け、グロッグを一発撃った。
 その銃声で潮が引くように、密度が急激に薄くなる。
 もうすぐトンネルを出る。
 明るくなったら県警の捜査員に菅野を任せ、北条の追跡に加わらねば。
 北条といえど、一人では……。
 首に激しい衝撃を感じた瞬間、上杉の意識は飛んだ。
 


 トンネルを抜けると、そこはただの田舎だった。
 山々に囲まれ、草木が生い茂り、森林が目の前に広がっている。
 レンジャー課程での山岳走法、SITでの追跡術を駆使して、北条が残党組への追跡準備に入る。
 まず、足跡を見つけた。
 それが枠に入る幅で、九十センチの長方形を、北条が指で地面に描く。
 足跡は平行ではなく、右へ右へと向いている。
 偽装足跡も残したようだが、それは残党組にとって時間の無駄だ。
 踵部分が崩れている。
 
(おしっ。野郎が二人に変化なし。どっち逃げた?)

 北条が一秒間だけ耳をすます。
 音は一秒間に三百四十メートル進む。
 静寂の中で銃火器等の武器が樹木に当たると、数百メートル進む。
 しかも北条が異常なのは、視力だけにあらず。
 五感全てが人外。

(野郎二人が、右手斜め下方ね。さて、狩るか。)

 北条が、猛追を始める。



 近藤が振り返る。
 最初は豆粒程度しか視認できなかった北条の姿。
 近藤が瞬きすると、それは小指一本になる。
 もう一度、瞬きをした。
 北条の姿が手の平サイズになる。
 たすきがけしたショルダーバック、パーカー姿がはっきりと視認できた。
 北条の迫る足音がどんどん大きくなっていく。
 
「あれが北条か。なるほどな。お巡りのくせに、空挺レンジャー課程を首席で修了するわけだ。厄介だな。駅まで行けば何とかする」
 
 緊張と自信、高揚が入り混じった近藤の声。

「車を探せ。車さえあれば、どうにでもなる」

 自信溢れる斉藤の返事に、近藤が白い歯を見せて笑う。



 そんな二人が消し切れなかった痕跡を、北条が猛獣の如く追う。
 斉藤が民家の白いセダンを発見する。
 駆け寄り、後部座席の窓ガラスを叩き割る。
 手を入れて運転席を開錠する。
 二人組が乗り込んで走り去る。
 視力測定不能の北条がそれを見つける。
 路駐してあった軽自動車に、北条が駆け寄る。
 畑仕事をしていた中年女性に帳面を見せて『貸してくれ!』と怒鳴ると、斉藤と同じ方法で乗り込み猛追を始める。
 
 追うも追われるも、二台とも車の鍵はなかったが、それは斉藤達と北条にとって何ら問題でもない。

 斉藤がブレーキを踏むことなく、裏道・抜け道を駆ける。
 敦賀市と越前市を抜け、鯖江市に入る。
 近藤は安堵した。
 北条は振り切った。

「近藤、車を乗り換える!」

「オービスは通過してないが。念のため、乗り換えるか」

「違う! 北条に追いつかれる!」

 斉藤の発言の意味が分からず、近藤がルームミラーを見る。

 赤の軽自動車が、追ってくるのが見えた。
 斉藤が取り乱す。

「何であいつが、こんなに迫ってるんだ!」

「あっちはミッションだ。軽で小回りもきく。車の性能の差は、北条が実力で逆転してみせた」

「……信じられん。あいつ、お前より腕が立つのか?」

「あいつも機捜にいた。配属テストで、桜田門一の機捜隊員を抜き去った奴だ」

「ここで盗むのは無理だ! 人の目があり過ぎる!」

「ここまでか……」

 斉藤の懐で無線が鳴る。
 任務中の『キャノン機関』だけの周波数。
 斉藤が無線で短いやり取りをする。

「近藤、応援が来た! あいつが動く!」

「これで勝った……あの北条に勝った」

 その時。
 横道から四台のバイクが現れた。
 トカゲだ。
 トカゲは滑らかな走りで、逃亡組との車間距離を慎重に詰めていく。

「こちら『スワン』。前線、その車での追尾はもう無理よ。追尾・補足は、我々と補足班に任せて。送れ」

 隊長の白鳥が、ヘルメット内蔵型無線で、北条の無線越しに作戦を提案する。
 『スワン』は、トカゲにあたえられた本件のコードネーム。

「あいよ。もう燃料切れだ。んじゃ、高見の見物だ。送れ」

(フフフ、ふザけた奴。あれが北条か。面白そうな男)

 白鳥がヘルメットの中で笑う。
 だが、目は逃亡組の車両と部下三人の配置をしっかり捉えている。

 よし、運転も頭も冷静だ。
 佐々木が自分を確認する。
 自分達も拳銃を携帯している。
 訓練通りのフォーメーションでマル被を包囲、補足する。
 銃撃戦になっても、数はこちらが倍だ。
 何より白鳥隊長の射撃能力は、トカゲ史上最高と名高い。
 絶対に補足できる。
 六歳の少女を誘拐した奴等を、逃がしはしない。
 佐々木が熱い決意を固めると、遂に白鳥から命令が来た。

「こちら白鳥。マル被を包囲する。『甲賀』でいく。送れ」

 各員が了解の旨を無線で白鳥に伝える。
 『甲賀』――白鳥隊の戦闘陣形。
 マル被の車両を、二台が前、一台が運転席横、一台が後方について包囲する。
 横・背後の二台は、マル被が逃亡しょうとした場合、発砲してでも止める。
 アドレナリンが溢れるのを、佐々木は止められない。
 初めての犯人逮捕が、すぐ目の前にある。
 各車が速度を一気に上げる。
 四台のバイクのエンジンが爆音を放つ。
 加速してマル被との距離を詰める。

 白鳥が急にスピードを落とす。
 佐々木が『怪訝』な表情を浮かべ――すぐに表情が『呆然』に変わる。
 白鳥の両手に、拳銃・ワルサーP5。
 白鳥が部下二台と並走するポジションにつくと、一片の躊躇なく両腕を開き、両側にいた部下の首に九ミリ弾を撃ち込む。
 間髪入れず、白鳥は後方に体を直角に曲げる。
 照準の一つは佐々木の喉に。
 もう一つは、角度・速度を計算して、対向車に。
 再び、ワルサーの乾いた銃声。

 喉に撃ち込まれても、佐々木は状況を理解できなかった。
 夢半ばで、佐々木巡査は殉職した。
 
(佐々木君、ゴメンね。結局、逮捕できずじまいだったわね。北条君もゴメン。死んでちょうだい。面白い男だったんけど)

 撃たれた対向車が、甲高いブレーキ音とともにスピンして、道路と直角になる。
 北条の正面に、四ドアの車体側面が立ち塞がる。

 ヤベッ! と北条が認識する前に、体が反応する。
 MP5Kでフロントガラスを撃ち破り、そこから車外に飛び出る刹那、ハンドルを全力で右に切る。
 四ドアと軽の側面半分が衝突する。
 ハンドルを切った分、軽のスピードはかなり殺されている。
 
 飛び出た北条は、四ドアの天井に着地し、慣性の法則で吹き飛ばされる前に、自ら前方道路に飛ぶ。
 受身を取りながら一回転して静止。
 四ドアの搭乗者の無事を確認し、走り出す。

(やっぱな! 現れんのがいっきなりでタイミング良過ぎんだよ!)

 もう微動だにしない佐々木を見ながら、そのバイク、ホンダVFRを起して走り出す。
 殉職した警官の死体。
 殺された仲間の遺体。
 憤怒・殺意に支配されかけるが、無理矢理抑える。
 感情に支配されたまま、あのトカゲと逃亡組と戦えば、負ける。
 野獣の勘がそう告げる。

「北条は任せて。あなた達は離脱して」

 キャノン機関専用の周波数に無線を切り替えた白鳥が、逃亡組に告げる。

「一人じゃ無理だ! 福井駅に俺のライフルがある! それまで北条を牽制して、時間を稼げばいい!」

 咆える斉藤。
 涼しげな声で、白鳥が返す。

「どうかしら? ご覧あれ」

 トップスピードのヤマハ・YZF上で、後方に白鳥が反り返る。
 体を九十度曲げ、追ってくる北条に照準を定める。
 二丁拳銃。

 二台ともトップスピードだが、照準が定まった一瞬を白鳥は逃がさず、発砲する。
 
(マトリックス!? 無駄だ、無駄! アストリートで俺に勝てる奴いねえ!)

 北条はアクセル・ブレーキ・ギアを駆使して銃弾をかわしながら、白鳥のバイクと逃亡組の車両の間に入る。

(マトリックスは、てめえだけの専売特許じゃねえぞ!)

 白鳥と同じ角度で反り返る。
 同じ二丁拳銃だが、異なるのは定めた照準の先。
 一丁は白鳥のYZF前輪に。
 一丁は前方の逃亡組のセダン後輪に。

 そして、北条は外さない。

 二丁のシグから発射された九ミリ弾が命中する。
 前輪を打ち抜かれ、バイクごと転倒する白鳥。
 後輪を撃たれ、ガクンと減速するセダン。
 あの派手な転倒では、白鳥は無事では済まない。
 北条は無線で白鳥確保を依頼し、自分はセダンを追った。
 


 両脚、左腕、あばら、肋骨。

(何本骨が折れたか、数えられないわね。
 まあ、右腕が何とか動いて、意識があるのはラッキーかな)

 白鳥はそう思って微笑むと、こめかみにワルサーをあて、引き金を引いた。
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