第1話 俺の過去ってどんだけタワケなんだよ

文字数 1,686文字

「ていうか、柴田。来月じゃねえの? お前が親父になるの。お前が親父……。かーっ、世も末だ。で、男の子? 女の子?」。


 トラックがバスに衝突し、そのフロントがバス側面に突き刺さっていた。
 通路の所々が押し潰しされ、突入・制圧を困難にしている。

 背中に『SAT』と印字されたタクティカルベストを着こんだ隊員達が、バス周囲を包囲している。
 しかしバス内部は狭い。
 加えて、衝突したトラックがバス内の空間をますます狭めている。
 よって、突入できる隊員は『二人』とSAT小隊長は判断。
 北条と柴田が、選ばれた。

 最も深く抉られたバス前方部で、先頭隊員(ポイントマン)の柴田と距離が離れる。
 その姿が、視界から一瞬消える。
 向こう側の状況を視認した瞬間、北条の全てが静止した。
 
 柴田の首に、出刃包丁が深々と突き刺さっていた。
 
 スローモーションのように崩れ落ちる柴田。
 北条はサブマシンガン・MP5Aを放り出し、押し潰された通路に、無理矢理体を捻じ込んだ。
 崩れ落ちる柴田の体をしっかりと抱き止める。
 防弾チョッキがこすれ合う。
 柴田の口が小さく動く。
 北条は耳を柴田の口元に寄せる。

 柴田は声を振り絞り、北条に何事かを短く伝えた。
 それが、柴田の遺言となった。
 
 バス前方に目をやる。

 この場に、最も不似合いなものを見た。
 それは、少女の細くて白い透明なうなじ。
 
 そのすぐ隣に、この場に最も相応しいものを見た。
 邪悪なもの。
 本当に本当に邪悪なもの。
 それは――少年だった。
 青白い顔を人血で朱に染め、嬉々とした笑顔を浮かべていた。
 
 北条はしゃがみ、柴田の体を丁寧にシートに預けた。
 立ち上がると、タクティカルベストのホルスターから、拳銃・ベレッタを抜いた。
 
 後方から、他のSAT隊員達の怒声。
 
 だが、北条は空っぽだった。
 
 銃口をゆっくりと邪悪の塊――十代半ば程の少年に向けた。
 
 後方にいた隊員の一人、真田が同じ動作を行ったようだ。

 北条と真田のベレッタの引き金が同時に引かれる。

 暗闇に支配されたトンネル内に閃光が走る――マズルフラッシュ。



 デジャヴだった。

 夕闇の住宅街を、背中に『SIT』と刺繍されたジャンパーを着た捜査員達が包囲する。
 だが包囲網の中心に、全捜査員が手を出せない。

 人質を取られているから。

 人質をとったマル被(被疑者)が、連続少女暴行殺人犯だから。

 そしてマル被は――まだ少年だったから。

 少女の、細くて白い透明なうなじ。
 その少女の喉を切り裂こうとする出刃包丁。
 切り裂こうとする少年。

 邪悪なもの。
 本当に本当に邪悪なもの。

 背中に『SIT』と刻まれた防弾チョッキに装着したタクティカルベストから、北条がベレッタを引き抜く。

 SIT隊員達の怒声は、また北条に届かない。

 北条はベレッタを構えると同時に照準を合わし、躊躇いなく撃った。

 夕闇に閃光が走る――マズルフラッシュ。



 ひどく重い瞼を開けるのは億劫だった。
 寝巻きのジャージが汗で変色している。
 全身の毛穴から汗が噴き出していた。
 重装備を背負っての山岳走法訓練後のように。

 荒い息遣いだけが、狭い室内で唯一の音になる。

 だが北条に、驚きや困惑はない。

 『あの日』以来、毎日これが、一日の始まりだったから。

 そして今朝もまた、北条は思い出せない。

 少年二人の名前を。

 自分が射殺した、少年二人の名前を。


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こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

第一話がいきなり暗い出だしでガッカリ感半端ないでしょうが、
本作はジェットコースターのような作品です。
最初はカタカタッとゆる~く上っていきますが、いきなりトップスピードで走り出します。
皆様には疾走する主人公・北条達を楽しんでいただければと思います。
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