第61話 美人妻に嫌われて切腹したいほど悲しい

文字数 1,141文字

「川村巡査長、『郵便』が届く。取ってきてもらえるか?」

 ハイ! と元気良く返事したレナが、玄関へ向かう。

「こんな時間に、郵便ですか?」

 美和が最もな質問をする。

「本部からの郵便です。刑事が配達人の恰好で、ポストに投函します。中身は、戸籍など管野家の方々の資料です」

 一瞬だけ美和の顔が歪む。
 しかし、すぐに平静を取り戻す。
 さつきの実の父親は依然、不明だ。
 管野との年の差結婚も、何か事情があるのかもしれない。
 他人に知られて、気持ちのいい過去ではないかもしれない。

「私達の詳細な情報が、どうして必要なんですか? 直接、聞いてくださればいいのに……」

 相変わらず、美和の口調は弱々しい。
 だが、納得する答えを要求する響きを含んでいる。

「直接、お聞きできない状況が発生する可能性があります。現に、先程あったばかりです」

 美和は納得したようだ。
 レナが、美和になりすまして、電話に出た様子を思い出したのだろう。
 犯人と直接話している時に、人質家族に質問などできない。

「犯人は連絡をメールで、と言っていましたが、鵜呑みは危険です。あらゆる可能性に備えます。それと、管野家の方々の詳細な情報を、私達、第三者の目で見れば、ご本人方では気がつかない怨恨が浮かび上がるかもしれません。ご理解のほど、お願いします」

 上杉が腰を折る。
 美和も返礼しながら詫びる。

「詮索をして申し訳ありませんでした。私達は……私達はとにかく、さつきが無事に戻ってくれれば、他に何も望みません」

 美和が潤んだ片目で、上杉を見詰める。
 当然、面白くない男がいる。

(盗聴器とレナ犯人説を片付けたの、誰だと思ってんだ?)

「美和さん、あっしもですね……」

「あら、もうこんな時間。皆様のお食事を作って参りますね」

 眼帯美人妻に足蹴にされる北条。
 その横を当の本人である美和が通り過ぎようとして――立ち止まった。 
 レナがタイミングよく、戻ってくる。

「盗聴器発見のことを、消毒って言うんでしたよね。あなたは、主人の病気を笑った。消毒が必要なのは、あなたの心です」

 言い捨てて、美和が退室する。上杉とレナが腹を抱えて笑う。
 北条は悲しみを通り越して、放心状態だった。
 
 笑いながら、上杉が算盤を弾く。
 
 前線崩壊は、消毒必要男が凌いだ。
 急務なのは、身代金準備だ。
 俺はここを任されているから、離れられない。
 川村も美和のフォローで残留決定。
 技官は論外。

 ずっと美和を、性欲丸出しで見てるバカがいる。
 しばらく、遠ざけないと。
 ――決まりだ。
 
 ダダをこねる北条を一蹴して、管野と共に銀行に向かわせた。
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