第75話 誘拐犯に極振りされても、俺負けねえし

文字数 2,626文字

 怒鳴り返しながら、上杉は覆面のサイレンを鳴らす。
 田舎といえど、駅前が車で混むのは全国共通。
 だが覆面のサイレンと猛スピードに驚いた駅前の車両群が、十戒の如く割れる。
 道を譲る車の群の中に、覆面が突っ込んでいく。
 タクシー乗り場で客待ちしている運転手達が、呆気にとられている。
 そのタクシー群のわずかな隙間を見つけた上杉が、強引に覆面を突っ込む。
 歩道に乗り上げると同時に上杉が急ブレーキを踏む。
 停車したのは、福井駅正面入り口。
 直後、管野の携帯が鳴る。
 メール着信音。

『大阪行きサンダーバード乗り場へ行け』

 管野が読み上げる。
 上杉が黙って管野の上腕を掴んで改札に向かう。
 スーツケースを手にした北条が続く。
 マル被からメールが来たということは、時間はセーフらしい。

 武田が一報を入れたか、間に合った本部捜査員かトカゲが手を回したのか。
 改札は帳面を見せる必要なく、素通りできるよう段取り済だった。

 上杉も北条も、全周囲への警戒に神経を集中させる。
 大阪行きサンダーバード乗り場、要は特急乗り場へ行くには、そのルートを必ず通る羽目になる。
 捜査員の姿もチラホラ目に入るが、包囲網はおろか防護体制も整っていない。
 マル被が狙うなら、絶好の状況だ。

「何ら~、お前ら~、男同士で……」

 不潔な身なりの酔っ払い中年男性が両腕を前に出しながら、フラリと近付いてくる。
 一瞬で、男は床に叩きつけられていた。
 きれいな背負い投げを決めた北条と、管野を引っ張る上杉が何事もなかったように歩を進める。
 男の事後は周囲の捜査員に任せればいい。
 あの男がマル被でないのは、北条も上杉もすぐ分かった。
 酒の臭いがした。
 何より、筋力と動作が、刺客のそれではない。
 


 プラットフォームに到着する。
 管野の携帯がメールを受信する。

(クソ、完全にどっかで監視してやがる! メールのタイミング良すぎんだよ。上杉もそれに気付いたから、ヤンチャな運転したんだ。牽制のつもりか? 『いつでもお前等を見てるぞ』って。上等上等。カタ、つけようぜ)
  
 見えぬマル被に、北条が啖呵をきる。



『十三時三十九分発に乗れ』

 管野が新たに受信したメールを読み上げる。
 あと四分。

 プラットフォームに刑事はいるが、体制は整っていない。
 現場を動かされたら、おそらく北条と二人で、管野の警護と身代金授受現場逮捕を行うことになる。
 この件に連中――『キャノン機関』が係わっていたら……。
 春のホテルで、北条の戦闘能力は把握されている……。
 開けた場所におびき出され、四方から発砲されでもしたら、さすがの北条も終いだ。

「上杉、殺られる可能性は低い。殺る気なら、ここに来るまでイヤってほど、そのチャンスはあった。今もそうだ。『春の狙撃』は忘れてねえだろ」

 上杉の考えを見透かした北条の発言。

 上杉の背筋に冷たいものが走る。
 そのとおりだ……キャノン機関には、千メートル級のスナイパーがいる……。
 
 特急がプラットホームに入ってきた。
 この特急にも、武田が手配した先発隊が乗ってはいる。
 しかし他県から来た応援で、北条達は人着を知らない。
 連携のしようがない。
 プラットホームにいる見知った捜査員も、全員が特急に乗るわけではない。
 現場を動かされた場合に備え、半数は残る。

 管野は片腕で額の汗を拭きながら、片腕で携帯を持ち、ずっと胸の位置に固定している。
 メールをすぐに読めるようにだろう。
 管野もまた必死だった。

 特急のドアが開く。
 上杉が先に乗る。
 管野、北条の順で乗り込む。
 ドア付近で三人は留まった。
 マル被が現場を動かすなら、ここだ。
 発車の瞬間に『下車しろ』のメールが来てしまえば、あとは振り回され続けるだろう。
 このまま特急に乗っても、マル被の言いなりに変わりないが。

 暴走組の暴走組による暴走組のための殺戮で、府警が完全麻痺した大阪まで行かされると、孤立無援になる。

 どのみち地獄か、と北条と上杉が腹を括る。

 電車のドアが閉まり始める。

 メールは来るかっ? 

 左右に開いた特急のドアの間隔がどんどん狭くなる。

 『メール受信!』

 菅野と上杉が同時に叫ぶ。

 北条がドアを万力の力で引き開け、隙間に強引に体を突っ込む。
 安全装置が作動し、自動的にドアが開いていく。

『三号車の十四番席に座れ』

 読み上げる管野の声も掠れ始めている。

 北条と上杉が吐息をつく。
 


 本部もメールを受信しているので、矢継ぎ早に指示が出される。
 コードレスの無線を、北条達は装着している。
 
 プラットホーム後方にいた恋人風男女がハムなのは、北条も上杉も分かっていた。
 恋人風男女を装った男性捜査員がチラッと帳面を見せる。
 本部の支持通り、その恋人風男女に化けた捜査員達に先導され、学生風捜査員に後方を警護させながら、三号車の十四番席に向かう。

「な、なあ。気になっとったんやけど。何で、犯人は急に、身代金追加させたんや?」

(あ、説明してなかった。んな余裕なかったしなあ)

 移動しながら、北条が管野に説明する。

「事前に準備した身代金なんて、罠だらけだ。あのタイミングで、しかもスーツケースまで準備されたら、事前に罠は仕掛けられねえ。で、中で鍵折っただろ? 後々も細工できやしねえ。値上げは元々、マル被……誘拐した奴等が欲しい金額が二千万だったからじゃねえの?」

 説明し終える頃に、三号車に着いた。
 前を歩いていた上杉が振り返り、管野に説明する。

「管野さん、十四番席付近の消毒は、他の捜査員が終えています。危険物はありません。北条巡査部長からスーツケースを受け取って、座ってください。メールが来ても、我々の指示に従ってください。メールは本部でも受信しています。内容はイヤホン越しに本部の捜査員が読み上げますから、我々もリアルタイムで把握しています」

 上杉の冷静ながら温かみのある声。

 今後の展開次第では、身代金授受の現場で管野一人になる空間が生まれる可能性が高い。
 捜査員が側にいるにしても、管野の緊張はギリギリまで高まる。
 極力、管野には冷静でいてもらう必要がある。
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