第84話 ドギマギ

文字数 1,609文字

冬休みが明け、また学校が始まった。
いつ研究施設の人間があたし達の居場所を突き止めるのか、
気が気じゃない日々だったが、
これまで通り変わらない、いつもの日常が流れた。

「そう言えば冬休み、大河様と漂様と旅行に行ったんでしょ?」

一日の授業が終わり、
カバンに教科書を入れながら桃奈が目をキラキラさせて言った。

「あぁ、行ったよ」

「あの二人と旅行かーー、
で、旅先では何もなかったの?!」

桃奈、ぐいぐい来るな……。

「何もねぇよ」

口ではそう言ったが、
漂にアプローチされた事、
一茶の店から京都に向かう時に電車の中で
マシロと手を繋いだ事を思い出し、
熱くなった顔を見られないようにあたしは桃奈から顔を背けた。

桃奈とは教室で別れ、あたしは科学部の部室に向かった。

「おつかれ」

マシロは机に座り、無表情でパソコンから目を離す事なく言った。
この間の漂とのやり取りを見られてから二人だけになるのは初めてだ。

あたしは静かにマシロのデスクに
くっつけて並べられた机の椅子を引いて腰掛けた。

部室内にカタカタとキーボードの音だけが響いていたが、
「なぁ」とおもむろにマシロが口を開いた。

「何?」

あたしが答えると

「お前、漂とデキてんの!?」

と、ちらっとパソコンからこちらに目を向けてマシロは言った。

「デキてねぇよ!!」

あたしは何だか浮気を疑われている彼女のような心持ちで否定をした。

「ふーん。それにしてはやけに親密な雰囲気だったけどな」

マシロは白けた空気を纏いながら言った。

「空手部に行ってもいいぜ。
ここ(科学部)は名前だけ借りられればいいし」

マシロはキィと音を立てて椅子に寄りかかった。

「空手部は断ったよ!」

あたしは言ったがマシロは無表情のまま

「別に俺に気ぃ使わなくてもいいって」

とまたパソコンに向き合った。

再び部室にはキーボードのカタカタ言う音だけが響いたが、
マシロは手を止め「フーッ」とため息をつき

「なんか気が乗らねぇ。帰る」

とノートパソコンを閉じた。
マシロがそう言ったのであたしも帰る事にした。

帰り道、マシロの後ろをついて歩いていると

「なんでついてくんだよ」

マシロが少し振り返り言った。

「だって帰る家同じだし」

あたしは口を尖らせながら言った。

マシロはまた前を向いて歩き出し、
しばらく二人は黙って縦に並んで歩いた。

「俺、コーラ買ってくから!」

マシロはそう言って途中のコンビニに入っていった。
あたしは店の前で待っていると買い物を済ませ出てきたマシロが

「なんで待ってんだよ!」

と脱力した様に言った。

「ったく、それじゃこっち来いよ!」

マシロは川の堤防から遊歩道に降りる階段をたんたんと降りた。
あたしも後に続いて階段を降りた。

マシロは仏頂面のまま川沿いの遊歩道に設置されたベンチに腰掛け、
プシュッとペットボトルの蓋を開けてコーラを一口飲んだ。
あたしも隣に座ると、マシロは「ん!」とコンビニのビニール袋を
あたしの前にさし出した。

袋を受け取り、中を見るとティラミスシュークリームと書かれた
パッケージが目に入った。

「こんなのあるの!?」

「お前好きそうだなって思って。食えよ」

「ありがとう!!」

あたしは早速袋を開けてシュークリームにかぶりついた。

「おいひい!」

マシロはフッと笑ってシュークリームを頬張るあたしを、
まるで子供を見るような目で見つめた。

そして「ったく子供か! クリームついてる」と手を伸ばし、
あたしの口元のクリームを指でぬぐってその指をペロッと舐めた。

「え?」

今何を……?
思わずあたしはマシロを見つめた。

「ん?」

マシロはきょとんとした顔で首を傾げた。

「いや別に何でもない……」

あたしはドギマギしてマシロから目をそらした。

「あ、あのさぁ! そう言えばあのパーツ、装置に入れたの?」

あたしは話題を変えた。

「あぁ、入れた。
でもいきなり使うのは不安だからちょっと試験運転したいんだ」

とマシロは言った。

「試験運転? (なに)で?」

あたしが聞くと

「あれしかないかなぁ」

とマシロは空を見上げた。

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