第88話 夕日の隅田川

文字数 887文字

その日の帰り、

「ちょっと寄ってかねーか!」

とマシロは堤防を指差し、
橋のたもとの階段から川沿いの遊歩道に降りた。
頭の上を見上げると、
バラ色と紫のグラデーションが空を覆い尽くしていた。

「すごい色ーー」

あたしは空を見上げて言った。

「少し日が長くなった気がするな」

「確かに」

季節は真冬だったが日の長さがほんの少し、
春が来ることを予感させた。

「ねぇ、元の世界(2056年)はどうだった?」

あたしは足を止め、川と遊歩道の境目の柵に手をかけ聞いた。

「別に。それほど思い入れのある人間がいる訳でもないしな」

川面に目を向けながらマシロは言った。

「寂しかった? 元の世界は」

あたしが言うとしばらくの沈黙の後、

「寂しかった」

と川面を見つめたままマシロは言った。

「元の場所は自由もないし、
俺なんかただの道具にしか思ってない奴らばっか。
それでも行き場のない俺はそこで生きるしか術がなかった」

あたしは黙ってマシロの顔を見つめた。

「だからここ(2021年)に来てみて、
こんな世界があるんだなって驚いた。
学校で仲間と喋って、家でみんなでご飯食べて
気がついたら寂しいって気持ち、忘れてた。
漂はアホだし、翠さんは騒がしいし、
理事長はのほほんとしてるし。
でもなんかあったかいよな、あそこは」

「そうだな」

あたしと同じだね、マシロ。
あたしもここ(2021年)に来て寂しいって気持ち忘れてた。

35年前から来たあたしと35年後から来たマシロ、
全然違う場所から来たのに、私達は同じものを感じていたんだ。

優しい冬の匂いが二人を包んだ。

あたしたちはおそらく同じ気持ちで今ここに立っている。
あたしがこの先もずっとマシロに寄り添えたなら……。

でも、それで良いのだろうか?
理事長の厚意も裏切って過去の課題も残したまま、逃避行なんて……。

それに未来のどこかに行ったとして
二人だけで生活していくなんて可能なんだろうか?
お金は? 仕事は? 病気したら?

身元のあやふやな、
ましてやまだ高校生のあたし達が二人だけでやっていくのは
現実的ではない気がした。

あたし達がもっと大人だったら……
もしくは二人とも同じ時代に生まれていれば……

マシロ……。

あたしはこてんとマシロの肩におでこを付けた。

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