第41話 灰谷

文字数 1,351文字

「おい! おばさん!!
いい加減教えないと痛い目見るぜ!!」

灰谷はいきなり豹変した。

「ここは身寄りのない子供たちを預かる施設だよな!?
自ら不幸な子供増やしてどうすんだよ! え?!」

灰谷はすごんだが藤巻さんは動じない。

するとしびれを切らした漂が玄関に飛び出して行った。

「漂!!」

あたしも叫び、後を追った。

「漂くん! やめなさい!!」

藤巻さんも漂を制した。

「あいつはここにはいないぜ」

漂は落ち着いた様子で言った。

「何だお前、葵の事を『あいつ』なんて気安く呼びやがって!」

灰谷は漂にも噛み付いた。

すると

「あんた、何にも知らねーのか? 
あいつのお腹の子の父親は俺だぜ」

と不敵な笑みを浮かべ、漂は言った。

「な、何だって!?」

思いもよらない展開に灰谷は言葉を失ったように見えた。

「あいつ、あんたと同時に俺とも関係を持ってたのよ。
俺はただ年上の女と遊んでただけのつもりだったんだけどよ、
あいつ思いの外、俺に入れ込んじまって」

「な、な……」

灰谷は目を白黒させて言葉に詰まった。

「俺、ヘマしちまってあいつ妊娠しちまった。
んで、こないだ病院で処置してもらったんだ。
だからお腹の子はもういない」

灰谷は青ざめてわなわなと震えながら立ち尽くしていた。

「あんたも気の毒だね。すっかり騙されて。
あの女は相当なクズだぜ」

漂は腕を組み、薄ら笑いを浮かべて言い、
その言葉を聞いた灰谷は

「そんなの信じられるか!」

と唇を震わせながら言った。

「つーかさ! この人も悪いけどあんたの婚約者、
あたしの男に手を出しといてさ、詫びの一つもないわけ!?」

とっさにあたしは灰谷にそう言い放った。

「土下座! それで許してやるよ」

あたしは灰谷を睨みつけて言った。

「ど、土下座!?」

灰谷は動揺した顔を見せた。

「いや、こいつはカンケーねぇ」

ここで漂が口を挟み

「悪いのは俺だ、すまなかった」

と言ってあたしの足元に手をつき、頭を下げた。

「な、何なんだよ! お前ら」

どう対応していいかわからない様子で灰谷は言った。

「そういう事だ。だからお前も葵とはもう関わるな」

漂は床に座ったまま顔を上げて言った。

「本当なのか……。
俺は大人しくて純粋なあいつが好きだったのに、
そんな薄汚い奴だったなんて……」

灰谷は心底軽蔑する様に口を歪めて言った。
漂は黙ってその言葉を聞いていた。

「わかった、もういい、あんな女。
こっちから願い下げだ」

「あぁ、もっといい女探せよ」

無機質な声で漂は言った。

「あーー馬鹿馬鹿しい!!
あんな女に散々金や時間つぎ込んで!!
って言うかこの施設もクソだな!!」

灰谷は捨て台詞を吐いてぷりずむ苑を出て行った。

藤巻さんがパタパタと台所から塩を持って来て、
一掴み外に向かって撒いた。

「帰った……」

気が抜けた様に漂は肩を落とした。

「ナイスアシスト透子!」

漂が言った。

「あれは大河の入れ知恵?」

あたしが聞くと

「そう、ああいうタイプは献身的で従順なパートナーを
自分に従わせる事で自分の存在価値を高めるらしい。
だからパートナーの価値を無くせば自ずと離れて行くだろうって」

「で、あんたは悪人を演じたわけか……」

あたしは呟いた。

「葵さんを救うために俺にできる事はほとんどないけど、
灰谷(あいつ)を追い払う事くらいは出来たかな?」

「あぁ、上出来だよ」

あたしが言うと漂は伏し目がちに「うん」と頷いた。

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