第91話 その時は突然やってきた

文字数 1,550文字

電話に出たマシロは強張った表情で

「はい、はい」

と相槌を打っていた。

電話を切るとあたしと漂は

「何だったの!?」

と詰め寄った。

「藤巻さんから連絡が来た。
研究施設の人間がパーツが無い事に気づいて、
施設に残された指紋を採取して、
施設の管理人でもある藤巻さんの教会も調べられて、
藤巻さんはしらを切り通したらしいけど、
教会からも俺の指紋が出た事で、これ以上は隠し通せなくなったと。
そして研究施設の人間が様々な手を使って、
ついに俺を割り出したらしい」

「えぇ!」

「研究施設の人間がすでにこっちに向かっているらしい。
藤巻さんは教会を出てしばらくどこかに身を隠すって言ってた。
間も無く連絡が付かなくなるだろう」

そんな! いきなり!?
あたしは動揺した。

「あまり時間がない。すぐにでもここを出よう」

マシロは言った。

漂はフーーッとため息を付き、何も言わずに天を見上げた。

「その前に、翠さんと理事長に挨拶したい」

あたしはそう言って三人はリビングに戻った。

「透子ちゃん、バルコニーで冷えてないか?
温かい紅茶でも入れよか?」

相変わらず世話焼きな翠さん……。
あたしの目に涙が滲んだ。

それを見た翠さんは

「透子ちゃんどないしたん!?
大河と漂に虐められたんか!?」

と慌てた。

「んなことしねーよ!」

漂が言った。

理事長はいつもの様に両側にレモンとライムを従え
ソファに座って日本の地酒特集が組まれた雑誌を読んでいた。

「翠さん、理事長!! 突然すみません!! 
あたし、これから元の場所に帰らないといけなくなりました!!」

「えぇ!!」

二人は驚きの声を上げた。

「そんな、急になんなん!!」

涙声で翠さんは声を上げた。

「透子くん、それでいいのかい?」

理事長は雑誌をローテーブルに置いて言った。

「はい。
あたし、ここ(2022年)で生活を続ける事も考えました。
でも、それではいけない気がしたんです。
あたしは元の場所でケジメをつけなきゃいけない事がある。
じゃないとここでいくら良いものを身につけたとしても
基礎がなってない上に家を建てるような気がするんです」

理事長は黙ってあたしの顔を見た。

「寂しくなるわぁ……」

翠さんはボロボロと泣いていた。

「こんな急に……
すぐに行かないと駄目なのかね?」

理事長は落ち着いた様子で言った。

「はい、ちょっと急がないといけないんです」

あたしは言った。

「こんな形でお別れなんていやや……」

翠さんの目からは次から次へと涙がこぼれ落ちていた。

「大河、漂、お前達だけで大丈夫なのか?」

理事長はまっすぐにマシロを見て言った。

「あぁ、大丈夫」

信じてくれと言うような顔でマシロも理事長を見つめた。

「わかった。
透子くん、君の決めた事なら私は止めないよ。
短い間だったけど、この家も華やかになって楽しかった。
向こうでもここでの経験を忘れずに」

そう言って理事長は右手を差し出し、握手をした。

「行くぞ」

マシロが行った。

「俺も行く」

漂が言い、あたしは

「お世話になりました!!」

と頭を下げるのが精一杯でペントハウスを飛び出した。

「元気でな!!」

翠さんの叫び声が後ろから聞こえた。

あたしとマシロと漂は外に出て、学校に向かった。

「待て!」

マシロが静止し、あたし達三人はビルの影に身を潜めると、
黒づくめの服を着た男が三人、ペントハウスのビルに向かって行った。

一人は黒いダウンジャケットに黒いニット帽、
もう一人は黒いモッズコートのフードを被り、
三人目は黒いチェスターコートに黒縁の眼鏡。
そして三人とも黒いマスクをしている。

「怪しいな。研究施設の奴らかな?」

マシロは言った。

「ペントハウスに行く気かな?
翠さんと理事長、大丈夫かな……?」

あたしは言った。

「俺らがいない事が分かれば、すぐにこの場から立ち去るだろう」

マシロが答え、少し心配ではあったが、
あたし達は急いで学校に向かって走った。

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