第55話 ときめき

文字数 929文字

とりあえず稽古は基礎練習だけこなし、
あたしとマシロは何も収穫がないままペントハウスに戻った。

「どうだった!? 何かわかったか!?」

漂がバタバタと勢いよく出迎えて言った。

「それが…… 藤巻さん、ぷりずむ苑を退所していて
行き先がわからなくなってて……」

あたしとマシロは肩を落として言うと

「何だって!!」

と顔をしかめた。

「手がかりなしだ……」

落胆した様子でマシロはソファに腰を下ろした。

「でもこれでますます藤巻さんの疑惑は強まったな」

あたしは言った。

「今夜また職員室に侵入してみるか」

漂が言い、

「そうだな、何か手がかりが見つかるかも……」

とマシロが言ってあたしたちはまた夜に出かけたが、
西棟の玄関ドアの鍵は鍵穴に入らず、開かなかった。

「ちくしょう! 鍵変えられたかもしんねー!!」

マシロは悔しそうに言い、鍵を地面に叩き付けた。

あたしはそれを拾い、

「仕方ない、また地道にやってくしかないよ……」

とマシロの背中をぽんと叩いた。

それにしてもこの一連の流れ、
どこでどう繋がっているのか……?

何も手がかりが掴めないまま、
しばらくは何気ない時間が過ぎて行った。

休みの日のお昼、レモンとライムの散歩から戻って来ると、
漂がキッチンに立っていた。
ふと見ると野菜を切って何か作っている。

「珍しいじゃん」

「うん、なんか腹減っちゃってラーメンでも作ろうと思って」

近寄って漂の手元を見ると、包丁を持つ手がおぼつかず、
見ていてハラハラする。

「その手つき怖いんだけど!」

思わず口を出した。

「そっか?」

漂は困ったような顔をした。

「ちょっと貸して!」

あたしは髪をゴムで後ろに縛り、
漂から包丁を引き取った。
左手の指を丸め包丁に当てながらサクサクと人参をスライスする。

「上手いな、女子っぽい」

漂が感心して言った。

「うち母子家庭だったからよく休みの日とか料理してたんだ。
簡単なもんしかできねーけど」

「そっか」

漂はそう言ってラーメンが完成するまで
あたしの横に立って調理の工程を見ていた。
あたしは二人分のラーメンを作り、
漂とともにダイニングの椅子に座りラーメンをすすった。

「うまい!」

漂はそう言ってスープまで平らげた。

「そっか、良かった」

あたしがにっこりと微笑むと
漂の頬が心なしか赤みを帯びたような気がした。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み